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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 28

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 血の匂いが濃過ぎて、余計に鼻が利かなくなってしまったため、舜とデューイ、そして、玉藻御前が、この部屋で起こったことを知るのは、現場をその目で見てからになった。
「おいっ、この女は――!」
 血まみれで倒れる女の腹には、深々と包丁が突き立っていた。
 そして、光の漏れる部屋の中では、祐樹がPCに向かってゲームをしている。
「間違いない。匂いは判らないけど、この女は向かいの部屋から、祐樹の母親が救急隊員に運び出されるのを覗いてた女だ」
 記憶を辿って、あの日のことを思い出し、舜は全てが繋がった現実に、呟いた。
 だが、はっきりと解ったのは、真綾がここにいた時に部屋にいたのがこの女だった、ということだけで、何故ここにいたのかまでは判らない。
 微かに、女の唇が動いた。
「舜! まだ意識があるよ! 救急車を呼ばなきゃ」
 一番、現実社会に対応できるのは、この灰の姿の青年、デューイである。
 舜は言われるままに救急車を呼び、
「おい、大丈夫か! しっかりしろ」
 と、倒れる女に呼びかけた。
 その間も、祐樹は何も聞こえていないかのように、背中向きにPC画面に向かっている。
 もちろん、そんな祐樹を相手にしている暇など微塵もない。
 女の出血も止めなくてはならなかったし、傷口を押さえるタオルもすぐに血に濡れ、一枚では足りなかった。
「その女は悪魔なんだ……」
 唐突に、何の前触れもなく、祐樹が画面を見つめたままで、そう言った。さして抑揚の無い口調であることが不気味だった。
「悪魔?」
 どう見ても普通の人間である。
「『らら』がそう言ったんだ。願いを叶えてくれる悪魔だって――。セックスの相手をすれば金もくれたし、レアなアイテムの手に入れ方も教えてくれた」
「レア?」
 肉の焼き方のことだろうか、と舜は刹那思ったが、問い返す以上のことはしなかった。――いや、デューイの耳打ちによると、稀少で価値の高いアイテムのことをそう言うらしい。もちろん、能力値についても同じだが。
「だけど、最近おかしなことを言うようになって――。自分が設定した天使はそんな言葉は学ばないとか、そんな思考を持つようにはならないとか――。ちょっとイカレてるんだよ、その女――悪魔は。だから、『らら』を守るために殺したんだ」
 祐樹はまるで、これまで踏みとどまっていた何かの境界線を超えてしまったかのように、完全にあちら側に行ってしまっていた。
「もう正気じゃないよな、こいつ……?」
「ついさっきまでは、ちょっと変なゲームオタク、っていうだけだったのに……」
「だから言ったであろう。妾はこのような者には取り憑かぬと。――ほれ、娘の方が何か言おうとしておるぞ」
「娘って――もう結構いい年……」
「舜! アラフォー世代の読者様を敵に回す発言だよ!」
 それに、遥か昔から変わらぬ美を誇って生きている玉藻御前から見れば、数十年の命しか持たない人間など、子供のまま死んで逝く短命の種に思えるに違いない。
 まあ、それは脇に置いておいて――。
「どうした? 苦しいのか? すぐに救急車が来るからな」
 舜が言うと、
「あれは……私のゲームじゃ……。私の創ったキャラは……あんな設定には……なっていな……。あれは……おかしい……」
「あんたが創った?」
「あのゲームソフトを作ったのはこの人なんだよ、きっと!」
 二人の会話を傍らで聞いていた、デューイが言った。
「なら、なんで悪魔なんだ?」
「それは……彼が『らら』にそう吹き込まれて……」
 果たして、ゲームの中のキャラクターが、そんなことを吹き込むだろうか。
 もちろん、祐樹の言葉を信じるとするなら、そうなのだろうが。問題は、誰がそんなことを信じるか、ということである。どう見ても頭がおかしくて、妄想に浸っているのは、0と1で作られたPCの中のゲームではなく、祐樹自身の方なのだから。
「私は……」
 女の声は微かだったが、舜やデューイ、玉藻御前が聞き取るのには充分だった。
「私は……寂しくて……。だから、時々……ゲームの中に入り込んで……『らら』を使って……彼を誘って……」
「ゲームの中に入り込む?」
「彼女が作ったネットゲームなんだから、特定のユーザーのゲームに干渉して、キャラに自分の都合のいい言葉を喋らせることも出来るんだよ、きっと」
 世の中、不可解なことで一杯である。
 この世で充分、不可解な存在である舜が思うのだから、間違いない。
「じゃあ、あの変態プレイも?」
「……彼女はそんなことしそうにないけど……」
「じゃあやっぱり、あれはあいつの個人的な趣味か」
「どんな趣味だったのじゃ?」
 玉藻御前の興味津々な問いかけに、
「それが最悪で――」
 と、舜が話を始めようとすると、救急車の音が近づいて来た。
 そして、もう一つはパトカーの音――。
「話は帰ってから、な」


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