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十七夜 憑き物の巣
十七夜 憑き物の巣 17
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まあ、祐樹に一々説明するのも面倒なので、
「これはおまえに取り憑いていた悪霊だ」
舜は言った。
何のことはない、デューイの灰の体が貼りついてしまったために、宙にフワフワと漂っているガムテープのことである。
今回は祐樹の耳に入りこんでいなかったため、祐樹にはデューイの声は聞こえていない。もちろん、聞こえていれば、そっちの方に驚いていただろう。
祐樹の叫びに「マズイ!」と思ったものの、見られてしまったのなら――と、二人で相談したのが、この応えである。
「……僕に憑いていた悪霊?」
祐樹の方は、目の前の超常現象に心を奪われながら、ただただ茫然と眺めている。
「まあ、とにかく服を着ろよ。話はそれからだ」
まだ素っ裸のままの祐樹に言って、舜は間抜けな格好を見下ろして眉をひそめた。そして、祐樹が汚れを落とし、服を身につけるまでの短い間に、デューイとヒソヒソと話し合う。
「話って、何を訊けって言うんだよ? オレの赤眼で、ゲームのIDとPASSを訊き出せば充分だろ?」
「でも、彼が本当に真綾さんのことを好きなら、ゲームくらいで放っておいたりしないよ」
少なくとも、この灰の姿の青年なら、そんなことはあり得ないだろう。
「だから、それがゲームに取り憑いてる魔物のせいなんだろ」
面倒くささを隠しもせずに、舜は言った。
「それだよ。そもそも魔物なんて何処にもいないし、実際にここに来ても何も感じない。だから思うんだよ。ゲームのアカウントを消してしまう前に、彼の言い分も訊いておいた方がいいんじゃないかって」
「……」
仕事というのは、面倒くさいものなのだ。
「なら、さっさと赤眼で訊こう」
こうして舜は、自らの赤眼で着替えを終えた祐樹を見据え、その催眠効果を当てにした……のだが――。
「――な、なんか顔についてるかな?」
全く催眠状態になった風もなく、祐樹は言った。
「へ?」
「え?」
驚きの声は、舜とデューイ、二人揃ってのものである。
――舜の赤眼が効いていない!
思ってもいなかったことである。
今までどんな状況でも、普通の人間相手に赤眼が効かなかったことなど一度もないというのに――。自分より力が上の同族や霊獣には効かないことがあっても、ごく普通の人間に効かないなど……。
「オレの眼、見えてるよな?」
舜が訊くと、
「え? そりゃ正面にいるし……」
見えていない訳でもない。
そして、それに気付いたのだ。――いや、気付いたのはデューイだが。
「舜! 眼が赤くなってない!」
「へ……?」
いつもなら、その赤眼の力を使う時、舜の射干玉の双眸は、血に濡れた玉のように、見事に赫く染まるのだ。それが今は黒いままで、少しも変化していない。
「鏡! 鏡は!」
「舜、お、落ち着いて! 吸血鬼は鏡には映らないよ。――写真撮ったらどうかな?」
どう見ても二人とも慌てている。
唯一、落ち着いているのは、舜の声しか聞こえていない祐樹である。
「えーと、鏡なら洗面所にあるけど……」
やっぱり、普通である。
本来なら、舜の赤眼の力で、催眠状態になっているはずだというのに――。
「……」
なら、これは一体、どういうことなのだろうか。
やはり、何かの魔物の力で、舜の力が使えなくなってしまったのだろうか。
それとも、何か悪いものでも食べただろうか。
こんなことが、タイやヒラメの舞い踊りを観ている――いや、違った、狸太鼓と狐の舞いを堪能している黄帝に知れてしまったら……。
――馬鹿にされてしまう!
舜の面は真っ青である。――いや、この蒼白い顔色は元々だった。
「黄帝様に相談したら――」
「うるさい! 誰がするか!」
この判断だけはいつも通り。
もちろん、こうしていても原因が判る訳ではない。
そして、デューイの姿が見えず、声も聞こえていない祐樹は、といえば、
「ところで、君は誰……?」
「これはおまえに取り憑いていた悪霊だ」
舜は言った。
何のことはない、デューイの灰の体が貼りついてしまったために、宙にフワフワと漂っているガムテープのことである。
今回は祐樹の耳に入りこんでいなかったため、祐樹にはデューイの声は聞こえていない。もちろん、聞こえていれば、そっちの方に驚いていただろう。
祐樹の叫びに「マズイ!」と思ったものの、見られてしまったのなら――と、二人で相談したのが、この応えである。
「……僕に憑いていた悪霊?」
祐樹の方は、目の前の超常現象に心を奪われながら、ただただ茫然と眺めている。
「まあ、とにかく服を着ろよ。話はそれからだ」
まだ素っ裸のままの祐樹に言って、舜は間抜けな格好を見下ろして眉をひそめた。そして、祐樹が汚れを落とし、服を身につけるまでの短い間に、デューイとヒソヒソと話し合う。
「話って、何を訊けって言うんだよ? オレの赤眼で、ゲームのIDとPASSを訊き出せば充分だろ?」
「でも、彼が本当に真綾さんのことを好きなら、ゲームくらいで放っておいたりしないよ」
少なくとも、この灰の姿の青年なら、そんなことはあり得ないだろう。
「だから、それがゲームに取り憑いてる魔物のせいなんだろ」
面倒くささを隠しもせずに、舜は言った。
「それだよ。そもそも魔物なんて何処にもいないし、実際にここに来ても何も感じない。だから思うんだよ。ゲームのアカウントを消してしまう前に、彼の言い分も訊いておいた方がいいんじゃないかって」
「……」
仕事というのは、面倒くさいものなのだ。
「なら、さっさと赤眼で訊こう」
こうして舜は、自らの赤眼で着替えを終えた祐樹を見据え、その催眠効果を当てにした……のだが――。
「――な、なんか顔についてるかな?」
全く催眠状態になった風もなく、祐樹は言った。
「へ?」
「え?」
驚きの声は、舜とデューイ、二人揃ってのものである。
――舜の赤眼が効いていない!
思ってもいなかったことである。
今までどんな状況でも、普通の人間相手に赤眼が効かなかったことなど一度もないというのに――。自分より力が上の同族や霊獣には効かないことがあっても、ごく普通の人間に効かないなど……。
「オレの眼、見えてるよな?」
舜が訊くと、
「え? そりゃ正面にいるし……」
見えていない訳でもない。
そして、それに気付いたのだ。――いや、気付いたのはデューイだが。
「舜! 眼が赤くなってない!」
「へ……?」
いつもなら、その赤眼の力を使う時、舜の射干玉の双眸は、血に濡れた玉のように、見事に赫く染まるのだ。それが今は黒いままで、少しも変化していない。
「鏡! 鏡は!」
「舜、お、落ち着いて! 吸血鬼は鏡には映らないよ。――写真撮ったらどうかな?」
どう見ても二人とも慌てている。
唯一、落ち着いているのは、舜の声しか聞こえていない祐樹である。
「えーと、鏡なら洗面所にあるけど……」
やっぱり、普通である。
本来なら、舜の赤眼の力で、催眠状態になっているはずだというのに――。
「……」
なら、これは一体、どういうことなのだろうか。
やはり、何かの魔物の力で、舜の力が使えなくなってしまったのだろうか。
それとも、何か悪いものでも食べただろうか。
こんなことが、タイやヒラメの舞い踊りを観ている――いや、違った、狸太鼓と狐の舞いを堪能している黄帝に知れてしまったら……。
――馬鹿にされてしまう!
舜の面は真っ青である。――いや、この蒼白い顔色は元々だった。
「黄帝様に相談したら――」
「うるさい! 誰がするか!」
この判断だけはいつも通り。
もちろん、こうしていても原因が判る訳ではない。
そして、デューイの姿が見えず、声も聞こえていない祐樹は、といえば、
「ところで、君は誰……?」
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