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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 12

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 デューイがしてくれた説明では、オンラインゲームとは、PCを壊してお終い、という類のゲームではないらしい。別のPCからでもアクセス出来るし、それこそ地球の裏側からだって操作できる、というもので……。
 もちろん、デューイも最近のゲームについては全くと言っていいほど知らないらしいが(あんな中国の山奥で暮らしているのだから、当然である)、少なくとも舜や玉藻御前よりは知っている。
「なら、あのゲームを壊さなくても、あの祐樹とかいう奴からIDとPASSを聞いて、登録解除すればいいんだな?」
 どうやら、ことはもの凄く単純らしい――と、舜は思い、真綾にこう言ったのだが、
「それは無理よ。祐樹が教えてくれっこないわ」
 そんなことが出来るくらいなら自分がしている、と言わんばかりに真綾は言った。
 だが、舜は、
「ふふん」
 と得意げに鼻を鳴らし、真綾の部屋を後にしたのである。
「簡単なことだよ、オレには」
 その言葉を残して。
 もちろん、その場に共にいたデューイや玉藻御前には、その舜の言葉の意味も解せたが、真綾には解らなかったに違いない。
 そもそも、舜が吸血鬼と呼ばれる存在であることも知らないのだから……。
 そして舜は、手の中の千円札をしげしげと眺め、
「なんかこれ、知ってるお金と違うような……。こんなんだっけ?」
 何しろ、お金などほとんど持たせてもらったことがない舜である。デューイのカードで物が買えることは知っているが、現金を手にしたことは数度しかない。
 そして、舜と共にいるデューイは、それが日本円であることも、千円札であることも知っていたのだが、何となく言う機会を逃していて……。
「あ、あの、舜。ここは中国じゃなくて日本だし、それは日本のお金だよ」
 と、言い出しにくそうに、小さく言う。
「へ? 日本のお金? じゃあまたいつかのロシアの時みたいに使えないのか!」
 舜の脳裏に過ったのは、ロシアで黄帝にルーブルをもらったものの、その国を一歩出ると使えなかった過去である。
「つ、使えるよ! 日本円はどこの国に行っても確かな価値があるんだ!」
 何とかこの場を取り繕ったデューイの言葉に、舜の表情は安堵に解けた。
 この日本で使えばたったの千円――。大したものも買えないが、中国本土でならもう少し……。
 かなり後ろめたい思いはあるが、時には心を鬼にしなくてはならない。
 確かに日本円の価値は安定していて、どこの国でも受け入れてもらえるが、千円では舜の提示していた一千元には程遠い。
 だが、仕方がないではないか。偽の魔物退治で、真綾に法外な料金を請求する訳にも行かないのだから。
 未だに常識人なのである、こんな姿になっても、デューイは。
 一方、舜の方は、初めて自分で稼いだお金に、嬉しそうに鼻歌など歌っている。
 こうして見ると、年相応の愛らしいばかりの少年である。
 デューイの胸も張り裂けんばかりにときめいてしまう。
 もちろん、その性癖を嫌っている舜には、そんなことなど口が裂けても言えないが。
 そんな二人の様子を横目に、玉藻御前は、美しくも美味しくもないお金のことになど興味がないようで、
「のう、舜よ。黄帝殿は、さぞたくさんの美しいぎょくを持っておられるのであろうな」
 と、美貌輝くまなこで、舜を見つめる。
「え? 玉? さあ……。オレは『和氏の璧』くらいしか見たことないけど」
 その何気ない舜の返答に、
「何! 『和氏の璧』とな!」
 玉藻御前の声が、一オクターブ高くなった。
「それはまことかえ? 黄帝殿が『和氏の璧』を持っておられるというのは?」
 と、舜に詰め寄る。
 もちろん、二人の会話を聞いていたデューイは、この時嫌な予感がしていたし、舜の言葉を止めたいとも思っていたが、そこは灰の身でもあるし、肝心の舜がデューイの言葉など聞いてくれるはずもない。
「持ってるのは黄帝じゃなく、デューイだけど――。こいつが黄帝からもらったんだから」
 と、こともなげに喋ってしまう。
 あの御宝の価値など全く解っていない舜には、きっとどうでもいいことの一つなのだろう。
 だが、玉藻御前の嗜好を知っているデューイとしては、真っ青である。――いや、灰の姿なので顔色は変わらないが――。
「あ、あの、いえ……。今はこの体なので持ち歩けなくて、黄帝様の処に……」
 と、何とか逃げる。
 嘘はいていないし、黄帝の家に置いてあるのも事実である。そして、『黄帝の手元にあるから食べには行けないよ』ということも、暗に匂わせた言葉である。
 玉藻御前も残念そうに眉を落とし、
「そうか……。それは残念じゃ。一度この目で見ておきたかった」
「……」
 食べてみたかった、の間違いではないだろうか、とデューイは思ったが、口には出せない。相変わらず気苦労が多いのである。
 何しろこの御方の御殿に泊ってからというもの、彼女の嗜好はすでに確認済みなのだから。
 玉藻御前のその妖しい美しさが、数多の珠玉を取り込むことで発せられているのだ、ということも。
 舜や黄帝の一族が血を好むのと同様、玉藻御前は美しい珠玉を好んで召し上がるのである。
 最近の、バブルが去って以降の日本は、良質の玉もさっぱり減って、そろそろどこか他所の国へ行こうか……と考えられるほどになっているとか。
 今回、『和氏の璧』は、そんな彼女の美を満たすための糧にはならず、何とか難を逃れることが出来たのだが……。
 ――良かった、黄帝様のおっしゃる通り、『和氏の璧』を奇峰の家に置いて来て。
 と、デューイがホッと胸を撫で下ろしたのも、言うまでもない。
 あの『璧』は、その辺に溢れている宝石とは違って、百歩以内に魔物や邪気を寄せ付けない、という、伝説に名を残す宝玉なのだ。
 もちろん、デューイにとって重要なことは『黄帝からもらった』ということなのだが。
 そうこうする内に夜も明け、三人は眠りについたのだった……。



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