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十六夜 五个愿望(いつつのねがい)の叶う夜

十六夜 五个愿望の叶う夜 8

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 婦人の足に刺さった枝を抜き、結局、沢が見つからなかったので、その婦人の家まで運んで行き、傷を手当てして一段落――。
 婦人は名を、幸倪シンニーと言った。
「ごめん。オレ、人がいるのに気が付かなくて……」
 いつになく神妙に言って謝ると、
「悪さはダメだけど、こんなに愛らしい木霊さんに会えただけでも、いい冥土の土産が出来たというもの――。あの松の木は、いつ倒れても不思議がないほど蟲に食われていたし、悪戯好きの木霊さんがちょっかいを出さなくても倒れていたよ」
 幸倪は優しく笑うと、日焼けして皺の刻まれた顔で、舜に言った。
 灯り採りの窓にはガラスさえ嵌めこまれてはおらず、この内陸部の山村の家々が、決して裕福ではないことが窺える。
 聞けば、彼女は一人暮らしで、夫に先立たれてからというもの、わずかばかりの田畑を耕し、山で茸や木の実、山菜を取り、細々と暮らして来たのだという。
 以前は娘も共に暮らしていたと言うが、こんな田舎で、真っ黒に日焼けして農作業を続けるのはごめんだ、と言って出て行ってしまったらしい。
 爪の間に土を挟み、指先は山菜の灰汁で真っ黒になり……そんな母親の手を嫌って、勝手に街に出て行った、と……。
「この汚い手が恥ずかしいらしくてねぇ……。仕方がないよねぇ、きれいな『べべ』だって着せてやりたかったけど、こんな貧乏暮らしだし」
 遠い日を見つめるような眼差しで、幸倪は言った。
 子供の幸せを願わない親はいない。――いや、黄帝に限っては、未だその真意は判らないが(舜見立て)、どの親も、子供に苦労をさせて平気なはずがないだろう。
 幸倪だって、裕福な家庭を持っていたら、白い指の先にマニキュアを塗り、美しい装いを娘にさせていたに違いない。
「……。ごめん、この足じゃ、畑仕事も出来ないよな?」
 わずかな糧を奪うようなことになってしまって、舜はもう一度、頭を下げた。
「いいんだよ、どうせたいした収穫じゃあない」
「でも――。オレに出来ることがあったら、言ってくれないか? さっき零れた茸や山菜もちゃんと拾って来るし、畑仕事だって手伝うから」
 と、真摯に言う。
 最早、黄帝に厭味を言われないようにするため、などということではなく、気持の底からそう言っていたのだ。
 この幸倪と、自分の母親の姿を重ねていた、と言ってもいい。我が子と離れて暮らすことを選ぶしかなかった、哀しい宿命を持つひとを……。
「いいんだよ。大した怪我じゃやないからね。明日には畑に出られるさ」
 可愛いわらしを見るように瞳を細め、幸倪は優しい手で舜を撫でた。
「だけど、何かあるだろ? して欲しいことの一つや二つ?」
 撫でられる頭の心地良さに、さらに詰め寄って、問いかける。
 傍らでは、デューイが涙ぐんで二人の様子を見守っていた。もちろん、幸倪の鼓膜には触れていないので、鼻を啜る音は聞こえていない。
「そうだねぇ……。せっかく、悪戯好きの木霊さんが善いことをしたい、って言ってるのに、断っちゃ悪いねぇ」
「オレ、木霊じゃ……」
 まあ、吸血鬼だとバラしてしまうよりもいいかも知れない。何より、そんなことを言って怖がらせてしまっては、元も子もない。
 本当は人間に恐れられるような血を吸う悪鬼などではなく、死に切れずに苦しむ生き物なのだが。
「でも、あたしには特に望みなんかないし……」
 それじゃあ、困る。このまま何もせずに帰るなんて、舜の良心が許さない。
 デューイも、舜の心に賛同するように、幸倪が望みを言ってくれるのを期待している。
「何でもいいから――。別に畑仕事じゃなくても、街にあるものが欲しければ買って来るから」
 ――デューイのカードで。
 と、心の中で付け加えたことは、あえて口には出さない。
「街……?」
 その言葉に、幸倪の表情が、わずかに変わった。
「木霊さんは街にも行けるのかい?」
 その言葉に、舜がコクリとうなずくと、
「それなら……」


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