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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 16
しおりを挟むデューイはいたって普通にその考えに辿り着いていたが、果たしてあの黄帝の息子である少年が、記憶を失くしたくらいで心細くなって、誰かれにすがってしまうようなことになるだろうか。
皆さまはすでにご存じのことであるが、記憶はなくても、あの少年は、あの少年のままである。
どうやら今回、黄帝の処に持ち込まれた縁結びの依頼は、額面通りに受け取ってもいい話ではないらしい。
なら――。
『草食系』の二人の縁談をまとめることが目的ではないのなら、ここはやはり、黄帝の息子である舜をこの地へ呼び寄せ、記憶のない内に既成事実を作ってしまおう、というのが覇王花の企みだと見るべきだろう。
デューイは急いで大王花の元へと戻り、
「覇王花様! 覇王花様っ!」
と、どっしりと分厚い花弁を広げる巨大な花の中心へと呼びかけた。
すでに、索冥から聞いた黄帝の伝言、
『覇王花殿に会っても、決して近づかないように』
という言葉は、意味のないものになっている。
何度か焦りのままに呼びかけると、
「なんや黄帝殿の使いにしては、礼儀ゆうもんを弁えん魔物やなぁ」
聞き様によっては、ゆうるりとした古都の雅な言葉のようでもあったが、姿を見せた二頭身のおたふくは――いや、失礼、顔と体の比率が同じ御婦人は、今までに見たこともないような、個性的な姿形の女帝であった。
――これが――いや、違った。この方が、覇王花様……?
デューイがその姿に戸惑ったのも、至極当然のことであっただろう。
もちろん、容姿でその人物を判断してはいけないことは判っているが、この御方の娘が舜の好みであるか、と問われれば……。
「は、はあ、あの、申し訳ありません……」
何だか、最初の勢いも削がれて、デューイは初っ端から謝ってしまった。相手は、舜の記憶を奪い、自分の娘とくっつけてしまおう、と企んでいた女帝であるはずなのに。
「ふぅん、あんさん、よう見ると結構な魔力を持ったはりそうやなぁ」
さらさらと宙に漂う灰の姿のデューイを見つめ、その力の片鱗を読むように、覇王花が言った。
赤い頬と、団子に結い上げられた簪だらけの頭がユーモラスで、何だかコメディを見ている気分になってしまう。
「い、いえ、僕は黄帝様や舜にはとても及ばない人間(?)ですから……」
「そらそうやろ。帝王の名を冠する御方と同じやなんて思うてへん。せやけど、それは黄帝殿に繋がる力の片鱗やなぁ」
そう言われると、それは間違いではなく、デューイを咬んだ絶世の美姫は、黄帝の娘でもあり、舜の姉でもあるのだから、デューイがその力の片鱗を得ているのも当然である。
「はぁ」
もし、デューイの力が黄帝に繋がるものだとしたら、この女帝はデューイをどうしたい、というのだろうか。
そんなことを考えながら、デューイはその女帝の眼差しをじっと見据えた。
「ぷっ!」
失礼。
真っ直ぐ見つめ過ぎたために、思わず吹き出してしまった。
「なんや、耳の中がこそばいわぁ」
「すみませんっ」
覇王花の耳の中に入っているデューイの灰の一部も、同じように吹き出した振動を伝えてしまったのである。
表情が見えなくて幸いだっただろう。
「まあ、ええけど。――あんた、その体から人型に変化できるんか?」
覇王花が訊いた。
死に切れない宿命を持つ一族――人々が吸血鬼と呼ぶ一族の中には、霧や蝙蝠、狼に姿を変えることが出来る者がいる。デューイのことも、そういった一族のひとりだ、と思ったのだろう。
それはデューイが望むことの一つでもあるのだが。
「いえ、僕は……」
この姿がデューイの今の姿であり、別に人型から変化している訳ではない。
「そうか。そら残念やなぁ」
残念なのはデューイも同じで、大王花の種子に何とか寄生してもらわなくては、舜と索冥がいるはずの世界に行くことが出来ない。
「あの、でも、形だけなら、人型になれると思います!」
実際に、このデューイの灰の体を使って、ビスクドールのような美しい体を模した者がいたのだから、その内、デューイにも出来るようになるだろう。
だから、嘘をついた訳ではない。
決して……。
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