上 下
369 / 533
十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因

十五夜 穆王八駿の因 10

しおりを挟む

 何故だか急に、空が明るくなったような気がした。
 言うなれば、陽光を隠していた分厚い雲が、風の流れで晴れたように。
 もちろん、草木の生い茂る山のこと、辺りの木洩れ日に、そんな急激な変化があるはずもない。
 いや――。
「桜が……」
 デューイのその言葉に顔を上げると、白い幹の桜の木に、淡く色づいた数多の花びらが、急速に蕾を膨らませ、今、正にその一輪が花を開いたところだった。
 そうしている間にも、また一輪。
 桜は次々に蕾を開き、または膨らませ、刻を早送りするかのように、辺りを明るく輝かせた。
 だが、その樹は、さっきまで蕾も付けず、今年は咲かないかのように、細い枝だけを伸ばしていたのではなかっただろうか。
「……狂い咲きか?」
 ――また、あいつが何かしたのでなければいいが。
 索冥の表情には、そんな苦々しさも映っていた。
「うわあっ、きれいだなぁ」
 デューイの方は、瞬く間に蕾を開いていく桜の姿に、ご満悦である。思いがけない桜の花見に、きらきらと目を――灰を輝かせている。
 花の中でも、この桜という花は、一本の木に付ける花びらの数が、他のどんな花よりも多くて、美しい。
あっと言う間に、辺りの雰囲気を染め変えてしまうほどに、誇らしげでさえある。
 幹に巻きついていたブドウカズラも、それに寄生する大王花も、その清らかで美しい桜の姿に、瞬く間に霞んで行くようでもあった。
「すごいなぁ、何で急に咲いたんだろ?」
「……」
 そのデューイの問いに、索冥は言葉を返さなかったが、
「――おまえ、向こうへ行って様子を見て来い。絶対、あいつが何かやらかしてる」
 と、静かに昏睡する舜の姿を、顎でしゃくった。
「向こう?」
 そう言われたところで、デューイにはそこが何処なのか、どうしたら入り込めるのかも解らない。
 第一、舜は何処にも行かず、目の前で昏睡しているではないか。
「覇王花殿に挨拶に行って来い。こいつみたいに」
 索冥が言った。
「……」
 ――舜みたいに。
 舜のように大王花を覗き込めば、舜が今、眠りながら見ている世界へ行くことができる、というのだろうか。
 だが、そこは一体どんな世界で、どうやったら舜を連れ戻すことができるのだろうか。――いや、そんなことはどうでもいい。舜がそこにいるのなら、デューイにためらう理由はなかった。
 踵を返し――いや、返すように、デューイは灰の体を風に乗せ、覇王花と呼ばれる大王花の中心を覗き込んだ。
 種子は、そこからではなく、背後にある黒い実のような咲き終わりのものから爆ぜ飛ばされた。
 握りこぶし一つ分くらいあるその実の中には、数百万個もの種子が詰まっているらしい。
 それを、小動物や昆虫たちが運ぶらしいが、今回はそのまま舜に寄生したのだ。
 そして、今度はデューイを宿主とするために爆ぜたのだが……。
 大王花の種子は、デューイの灰の体を通り抜け、その先へと落ちてしまった。
「ど、どうしよう……。寄生してくれない」
 おろおろと索冥の方へと視線を向けると、
「細かく漂ってないで、個体になれよ。――ビンは?」
 呆れるように、索冥が言った。
 確かに、種子の入り込める個体でなくては、寄生するには向かないだろう。
「舜の服のポケットに……」
 デューイは言った。
 山の中に入るとは思えない、舜のカジュアルなフード付きのチェックのベストのポケットの中に、陶製の調味料入れが入っている。
 だが、それに入ると――。
「ハークシュン!」
 途端にくしゃみが飛び出す始末。
「――アレルギーか?」
 杉の木でもあるのかと、索冥が辺りをぐるりと見渡す。
「い、いえ、気にしないでください――。ハクシュン!」
 前回の話を思い出していただけただろうか。
 デューイはまだ健気にも、この胡椒が入っていた調味料入れの中で過ごしていたのである。
「ならいいけど。――ほら、この中に種を寄生させてもらえ」
 この中と言われても、この灰はデューイの体である。何かに寄生されてしまうなど、あまり気持ちのいいものではない。
 だが、今は他に方法もないらしい。
「あの、索冥さんは……?」
 一緒に行かないのか、と問いかけると、
「俺? 冗談! 霊獣たる麒麟が何かに取り憑かれるなんて、言語道断だ」
「そ、そうですね……」
 彼は魔物ではなく、神聖なる生き物なのだから。
 神と魔が互いに守護し合うからこそ、帝王とは、より完璧なものになれるのだろうか。
 そんなことを考えていると、調味料入れを持つ索冥の手が、大王花の前に差し出された。
「ハークシュン!」
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

処理中です...