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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)
十四夜 竜生九子の孖 25
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父である黄帝なら――。
そんな風に、黄帝の出す答えに思いを巡らせてみるのは、初めてだった。
黄帝の出す答えはいつも正しく、自分の出す答えはいつも間違っていると卑屈になり、反発するばかりの少年時代だったのだから。
だが、今は違う。
九十年後には、間違いなく舜も父親になる。その時に、今出したこの答えに自信を持ち、責任を取ることが出来る人間になっているのだろうか。
「九十年後が楽しみだなぁ……。ハクション!」
そんな舜の胸中を知ってか知らずか、くしゃみをしながら、デューイが言った。
苺ジャムのビンに続いて、百均のビンまで壊してしまったので、今は取り敢えず、陶製の調味料のビンの一つに入っている。
何の調味料かと言うと――これは、説明するまでもないだろう。
皆さまの推理力なら、難なく察しの付く問題である。
ついでに言うなら、今までのビンより小さめのため、かなり圧縮されている。
「くしゃみの勢いで割るなよ」
何しろ、舜の母親が、この奇峰の最高峰にまた帰って来る時が来たとしたら、使わなくてはならない台所アイテムの一つである。
「出来たら塩のビンの方が――ハクシュン!」
――これ、本当に洗ってくれたんだよね、舜?
そう訊けないことが、この青年の気の弱いところである。――いや、舜を信じているので、舜が「洗った」といえば、このビンは洗ってあるはずのものなのである、デューイにとっては。
もちろん、舜に実際に訊いたとすれば、
「オレ、流れる水、嫌いだし」
という言葉が、あっさりと返って来るかも知れないが……。
「何で、あんたが楽しみなんだよ」
デューイのくしゃみと要望は無視され、ひとつ前の言葉に、睨みが飛んだ。
「何でって、睚眦が君と遊んでる間、もう一人の負屓はずっと書庫を気にして、入りたそうにしてたし――。きっと、本が好きなんだよ」
自分と同じで、と言わんばかりに、我が子を見るような嬉しそうな顔で、デューイは言った。そして、くしゃみを一つはさみ、
「今度、あの蛇身人首の伏羲に会ったら、蛇の体に驚いたこと、謝りたいなぁ」
と、言葉を続けた。
「そんなこと謝られたら、余計に嫌だろ」
「そうかな?」
「……さあ。――本当はよく判らない」
「舜?」
「オレは、黄帝に体質から何からそっくりに生まれて、伏羲も蜃も黄帝に似た姿で生まれて来ることが出来なくて――。オレは、黄帝に反発しながら、あいつらを――黄帝に似なかった兄弟たちを下に見ていたのかも知れない。――勝てもしないクセに」
「……」
「今までずっと、黄帝は自分に似た子が欲しくて、オレが出来るまでに『失敗作』を幾つも作って来たんだと思ってた」
「それは――」
「ホント、馬鹿だよなァ、オレって――。黄帝が一番がっかりしたのは、きっと毎回、厭味を言わなきゃ何も察しないオレの方だったんだ」
今日は何だかとても素直で可愛い舜を、腕があるなら抱きしめたい、と思ったデューイだったが、出て来たのは、
「ハクシュン!」
と、大きなくしゃみ一つ。
「――ひとが真面目に話してるのに、こいつ、ホントに腹が立つ」
「ち、違うって、舜――ハクシュン!」
「あーあ、もうこいつ相手に話すのやめた。――寝よ」
「舜――っ!」
――ハーックション。
その夜は、ひたすらくしゃみに悩まされることになったのである。
――また、会えるよな……。
――九十年後に……。
了
そんな風に、黄帝の出す答えに思いを巡らせてみるのは、初めてだった。
黄帝の出す答えはいつも正しく、自分の出す答えはいつも間違っていると卑屈になり、反発するばかりの少年時代だったのだから。
だが、今は違う。
九十年後には、間違いなく舜も父親になる。その時に、今出したこの答えに自信を持ち、責任を取ることが出来る人間になっているのだろうか。
「九十年後が楽しみだなぁ……。ハクション!」
そんな舜の胸中を知ってか知らずか、くしゃみをしながら、デューイが言った。
苺ジャムのビンに続いて、百均のビンまで壊してしまったので、今は取り敢えず、陶製の調味料のビンの一つに入っている。
何の調味料かと言うと――これは、説明するまでもないだろう。
皆さまの推理力なら、難なく察しの付く問題である。
ついでに言うなら、今までのビンより小さめのため、かなり圧縮されている。
「くしゃみの勢いで割るなよ」
何しろ、舜の母親が、この奇峰の最高峰にまた帰って来る時が来たとしたら、使わなくてはならない台所アイテムの一つである。
「出来たら塩のビンの方が――ハクシュン!」
――これ、本当に洗ってくれたんだよね、舜?
そう訊けないことが、この青年の気の弱いところである。――いや、舜を信じているので、舜が「洗った」といえば、このビンは洗ってあるはずのものなのである、デューイにとっては。
もちろん、舜に実際に訊いたとすれば、
「オレ、流れる水、嫌いだし」
という言葉が、あっさりと返って来るかも知れないが……。
「何で、あんたが楽しみなんだよ」
デューイのくしゃみと要望は無視され、ひとつ前の言葉に、睨みが飛んだ。
「何でって、睚眦が君と遊んでる間、もう一人の負屓はずっと書庫を気にして、入りたそうにしてたし――。きっと、本が好きなんだよ」
自分と同じで、と言わんばかりに、我が子を見るような嬉しそうな顔で、デューイは言った。そして、くしゃみを一つはさみ、
「今度、あの蛇身人首の伏羲に会ったら、蛇の体に驚いたこと、謝りたいなぁ」
と、言葉を続けた。
「そんなこと謝られたら、余計に嫌だろ」
「そうかな?」
「……さあ。――本当はよく判らない」
「舜?」
「オレは、黄帝に体質から何からそっくりに生まれて、伏羲も蜃も黄帝に似た姿で生まれて来ることが出来なくて――。オレは、黄帝に反発しながら、あいつらを――黄帝に似なかった兄弟たちを下に見ていたのかも知れない。――勝てもしないクセに」
「……」
「今までずっと、黄帝は自分に似た子が欲しくて、オレが出来るまでに『失敗作』を幾つも作って来たんだと思ってた」
「それは――」
「ホント、馬鹿だよなァ、オレって――。黄帝が一番がっかりしたのは、きっと毎回、厭味を言わなきゃ何も察しないオレの方だったんだ」
今日は何だかとても素直で可愛い舜を、腕があるなら抱きしめたい、と思ったデューイだったが、出て来たのは、
「ハクシュン!」
と、大きなくしゃみ一つ。
「――ひとが真面目に話してるのに、こいつ、ホントに腹が立つ」
「ち、違うって、舜――ハクシュン!」
「あーあ、もうこいつ相手に話すのやめた。――寝よ」
「舜――っ!」
――ハーックション。
その夜は、ひたすらくしゃみに悩まされることになったのである。
――また、会えるよな……。
――九十年後に……。
了
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