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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)

十四夜 竜生九子の孖 21

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「おまえと索冥が黄帝のとこに行って、解呪の言を聞いて来い」
「でも――」
 その間、この熱の塊のような砂漠で、舜の体(耀輝の体)はもつのだろうか。
 それに、今は魔氷の気のダメージで動けない耀輝も、しばらくしたら動けるようになるかも知れない。
 何しろ、今の耀輝の体は、デューイのものであるのだから、その体が生身ほどにダメージを喰らわないことも知っている。そして、今、動けないのは、灰の体そのものが凍りついているからではなく、そこから浸み出した《朱珠の実》が凍りついているのだ、ということも。
 動けるようになった耀輝が、舜を襲わないとなぜ言えるだろうか。
「彼一人の方が速いんじゃ――。僕も一緒にここに残って――」
 索冥一人に頼んだ方がいい、と言いかけると、
「あいつは事情を知らない。説明する役がいる」
「……」
「まあ、黄帝は知ってるだろうけどな」
 知っていても、知らないフリをするのが、あの青年なのである。
「――すぐに戻って来る」
 何しろ、このデューイの体は、舜のものである。索冥ほどではないが、速く走れる。
 せめて日陰に――と、辺りを見回してみるが、見える範囲に陰はない。
 自分が頭から被っている布を外し、デューイはそれを捩じって氷気で固め、一本の棒に仕立て上げた。あとは、それを砂に突き立てて、もう一枚、舜の布を掛けて四隅を砂で止めれば、簡易テントの出来上がりである。
 かなり狭くて小さいが、横たわる舜に陰を与えるだけのスペースはある。
 いや、デューイは舜の体だけでなく、砂の上に散らばる耀輝の灰の体も砂と共に寄せ集め、その陰の中へと移動させた。
「おまえ……」
 灰の姿なのに、何故だか表情が見えるような声だった。戸惑いと、そして……。
 彼女が優しさを向けてもらったのは、捲簾大将と――この青年で二人目だったかも知れない。――いや、デューイの場合は、彼女が蟻地獄だと知ってから――その美しい姿が偽りのものであると知った上での行為だったのだから、恐らく彼女にとって、初めての他人の優しさだったに違いない。
 そんなことがすぐに読み取れる時間だった。
 彼女でさえそうなのだから、デューイが灰の姿だった時は、もっと解りやすい『表情』をしていたのだろう。
「じゃあ、行って来るから」




 それは、デューイと索冥が駆け出して、すぐに起こった。
 すぐに、と言っても、二人の姿はすでに遠くなっていたが。
 砂がびりびりと震え始め、その砂の一粒一粒の間から、何かが突き抜けてほとばしるように、呪を絡めた風が舞ったのだ。
「これは……」
 それが、あの捲簾大将の元で感じた、魂替えの儀式と同じ力であることは、あの時、意識のなかった舜にも容易に知れた。
「まさか、あの地下から、この地上へ向けて、魂替えの場を結んでいるのか!」
 だとしたら、捲簾大将は死なずに、生きていた、ということになる。
「殺さなかったのか……?」
 ――いや、殺せなかったのだろうか?
「あの方は、こんな醜い私に、すっと優しくしてくださった、最初で最後の御方……」
「……」
「どうしても殺せず……。それでも、私の醜い亡骸を見られるくらいなら、美しい姿のまま、恨まれて姿を消した方が……」
 彼女は、自分の体を殺すために、舜たちを追って、この砂漠に上がって来たのだ。
 舜を殺して、その亡骸を捲簾大将の前から、永遠に消し去ってしまうために。
 もちろん、最初にデューイや索冥を殺してからでなくては、舜を――自分の体を殺すことを邪魔されてしまう。だから、最初にデューイを襲ったのだろうが、彼女は舜たちの一族のことを知らな過ぎた。それが致命的なミスだったのだ。
 アリジゴク――どんな姿の生き物だっただろうか。
 膨れた腹に、二本の牙とも鋏とも言えるものを持つ、砂色の蟲。
 彼女がその蟲であるなど、想像も出来ない。それに今は、そんなことを考えている時間もない。


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