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十四夜 竜生九子(りゅうせいきゅうし)の孖(シ)
十四夜 竜生九子の孖 11
しおりを挟む「捲簾大将って、もしかして天帝様の側に仕えていた高官じゃ……」
舜の鼓膜で、そっと、つぶやく。
何しろ、灰の体なので、何を言っても内緒話にしかならない。もちろん、その男――捲簾大将の耳に入れば、同時にそっちの鼓膜を震わせることも出来るのだが。
「天帝? あの、自分の娘を閉じ込めてた二重の結界を作った奴か」
こちらの――舜の声は、捲簾大将にも丸聞こえである。
「天帝だと? おまえたち、天帝様を知っているのか?」
少し目を見張って、捲簾大将が言った。
やはり、四分の一中国の血を引き、中国史に興味を持って勉強していたデューイの知識は、間違っていなかったらしい。これは、この少年にも見習ってほしいところである。
「知ってるも何も、オレたちはあいつのせいで酷い目に遭ったことがあるんだ」
「舜!」
天帝の部下に対して言う言葉ではない。それに、酷い目に遭ったといっても閉じ込められただけで、暴力も凌辱も受けたりはしなかったのだから――。いや、舜は生きたまま橋にされかけていたのだったか。
デューイは慌てて舜の言葉を止めたのだが――。
「そうか、そなたらも我と同じか」
捲簾大将の口から零れたのは、その言葉であった。
聞けば、彼も天帝に恨みを持つ人間(?)の一人らしい。
ある日、天帝の大切にしていた玻璃の杯をうっかり壊してしまったことに端を発して、近衛大将の座を追われ、天帝の元から追放され、鞭打ち八〇〇回、七日に一度は鋭い剣が彼を貫きに飛んで来る、という凄惨さらしい。
「なんか、あの天帝からは想像できないんだけど……」
舜やデューイが知る天帝は、決して非道なことを好む暴君などではなかったのだから。変わらぬものを愛するロマンティストで、我が娘にも変わらぬ愛を押し付けていた。
もちろん、黄帝のように長く生き過ぎたために、自分の人格すら判らなくなってしまったボケ老人もいるのだから(舜見立て)、別に天帝の性格が今と昔で違っていたとしても、何も驚きはしないのだが。
「――で、『キン・コン・カン』のことは知ってるのか?」
一通りのことを話し終え、聞き終えて、舜は訊いた。
どこの誰に対しても尊大な口調なのは、相変わらずである。
「そんなものは知らん」
それはそうだろう。
「い、いえ、あの、『金・緊・禁』という古の宝のことなのですが――。魔を封じるための呪がかかっていると云う、金色の輪で」
デューイが体の一部である灰を捲簾大将の耳に忍ばせ、鼓膜を震わせて伝えると、
「なっ、何だ、今の声は?」
と、捲簾大将は、くるくると辺りを見回した。何しろ、彼の前には、舜以外の誰もいないのだから。
「すみません。小さ過ぎて見えないと思いますが、ビンの中に戻るとちゃんと見えます」
「瓶?」
デューイが説明のためにビンの中に入ると、また舜に蓋を閉められてしまった。
こうして、デューイの存在にも気付いてもらえ、話も円滑に進むかと思ったのだが……。
「火眼金睛の美猴王が持っていた――というか、嵌められていたのは知っているが、その先のことは知らぬ。共に旅をした連れとはいえ、その後は我も彼奴も法名を捨て、何に縛られるでもなく過ごすことを決めたのだから、な」
聞くところによると、その美猴王も乱暴者で手がつけられず、天帝の頼みを聞いた釈迦如来に、五行山の下敷きにされてしまっていたらしい。
「そいつは、今、どこに――」
と、言いかけた時、舜の足もとの砂が、ズボっと沈んだ。
「――え?」
と思う間もなく、瞬く間に膝まで埋まってしまう。それだけではない。砂は足に絡みついてでもいるかのように、そこから抜け出すことを許さなかった。それどころか、どんどん体が沈み始める。
「舜! 舜! ふた! ビンのふた!」
このままでは、デューイも何も出来ずに共に砂の中へと埋もれてしまう。そんな訳で、必死にビンを振動させて、その言葉を伝えたのだが、
「悪いが、おまえは美味くはなさそうだ」
砂煙が舞い上がったかと思うと、それは一気に舜を覆い、デューイを収めたビンは竜巻のように舞い上がり、捲簾大将の手のひらへと吸い込まれるように、一直線に落ちた。
一方、舜は、体が砂に沈んで行くだけでなく、
「クソっ! 目が……っ」
目に入った砂にも、四苦八苦する。
本来、土や砂とは相性がいいはずなのだが、捲簾大将の方が、さらに砂の扱いに長けているらしい。
「安心しろ。砂の中で圧死するにせよ、窒息死するにせよ、そう長い時間ではない。すぐに楽になる」
「馬鹿ヤローっ! 自分で試してから言え!」
何しろ、自慢ではないが、舜は今までに何度か仮初の死を体験しているのだ。どの死も決して楽ではなかった。
だが、今回も砂は、もう舜の首まで埋めている。――いや、舜が首まで沈んでいる。
砂の中の世界とは、一体、どんな世界なのだろうか。
もがくことも出来ない重さの砂が、容赦なく体を押し潰す。――そう。もがいて抜け出せばいいようなものだが、砂の上は手をかけても足をかけても手応えがなく、周囲の砂を巻き込んで、ただ蟻地獄のように沈んでいくだけである。
手で目を擦ることも出来ず、すでにその目さえ砂の中へと埋もれていた。
呼吸をしようとしても、胸も口も鼻も圧迫され、微動とも出来ない。
そして舜は、遠ざかる意識の中、砂漠の砂の奥深く――冷たく暗い死の匂いのする底へと沈み続けて行った……。
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