上 下
329 / 533
十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)

十三夜 聖なる叡智 21

しおりを挟む


「やっとやる気になったか。長く、遊び相手がいなくて退屈していたところだ」
 心底楽しそうに、炎帝が言った。舜が床を蹴るのと同時だった。蝙蝠のような漆黒の翼を広げて飛翔し、炎帝の後ろ、ドームの中心へと回り込む。
 この翼、あと数十年使えないように、黄帝に封印されていたはずだったが、炎帝の炎を受けた時から、羽ばたきを封じる黄帝の封印も解けている。
「私との間合いを取ったつもりか? そんな無駄な足掻きを――」
 言葉の途中で、舜の氷気が閃いた。
 無論、炎帝にかわせぬ距離ではないし、炎気で消滅させてしまえないものでもない。
 だが――。
「くっ! 目が……っ!」
 不意に奪われた視界と視力に、刹那、炎帝の動きが鈍くなった。目の前の何かを、或いは、目の中の何かを払うように、ギュッと目を閉じ、頭を振る。もちろんそれでも舜の氷気の気配は感じ、最初の氷気は辛うじて避けた。
 だが――。
 ヒュン、と風を切る音が聞こえた時、炎帝も咄嗟に炎気を放ったが、爪が空を切る音の先には、新たな氷気が迫っていた。
 長く伸びた舜の爪は、後ろへ飛び退いた炎帝の首をかすめたのみで、間髪入れずに放った氷気も、炎帝の気に遮られる。
 だが、炎帝に余裕はなかった。軽くあしらえるはずの舜に、苦戦していたと言ってもいい。
「ほう。これは、八卦のお陰で、面白いものが見れた」
 二人の闘いを眺めながら、伏羲が言った。
 目を瞑ったまま動く炎帝の攻防に、愉しそうに唇を歪める。
「目が見えないだけでなく、耳もあまり聞こえていないようだ」
 索冥の言葉にじっくり見ると、確かに炎帝は舜の爪が風を切る音よりも、気の動きで爪に込められた力を感じて動いている。
 だが、何が起こっているというのだろうか……。




 目に何かが入っている。
 視界が濁り、何も見えない。
 耳にも何かが入っている。
 雑音ばかりが大きく響き、周囲の音が聞き取れない。
 何かの攻撃による影響、というよりも、ゴミや異物が入ったと思えるような感覚だが、そんなことがこの状況で目と耳に同時に起こるとは考えづらい。
 無論、相手の気を読んで動ける炎帝には致命的な障害ではないが、『それ』は皮膚の毛穴にも入り込み、手足の動きを鈍らせているようにも感じる。まるで、黄帝の操る黄土のように――。
 ――まさか!
 まさか、本当に黄帝が、己が息子に手を貸しているというのだろうか。あの、冷酷で無慈悲な青年が。自分の息子を護るために――。いや、黄帝の黄土の気配なら、炎帝に判らないはずがない。
 ――これは……。
 これは、炎帝が知る気配ではない。
 だが、同族である、と思える何かがある。それが何かと言われても、感覚でしか判らないのだが。
 舜の攻撃は、手負いの獣のように果てることなく続き、炎帝は苦痛とは呼べないにしても、体の不自由さに腹を立てながら、その攻撃を交わし、反撃した。
 無論、アヤ・ソフィアは見る影もなく、崩壊している――はずである。本来ならば。
 それなのに、まるでこの建造物の中は異空間でもあるかのように、どんな攻撃の痛手も受けず、美しい芸術のままで存在している。何かの封印に守られているかのように。
 そして、そんなことが出来るのは、あの銀糸の青年をおいて、他に誰もいはしないだろう。
「クソッ! 離れろ!」
 体を蝕む感触に、炎帝は自分自身を炎に包んだ。もちろん、その炎に炎帝が焼かれることはない。
 だが、
「死ね!」
 炎帝の気が逸れる刹那を狙っていた舜は、炎帝めがけて魔氷の気を解き放った。全てのものを、その内側から凍りつかせる冷たい力は、たとえ相手が炎帝であろうと、容赦なくその力を見せつける。
 ――食らうわけにはいかない。
 体中を包み込んだ火鴉の炎に、取り憑いていたものが、刹那、離れる。
 目が見え、耳が聞こえるようになった。
 ――あいつ、なのか?
 炎帝には不本意なことであったが、燃え盛る炎に、その何者かが離れる気配を感じると、片手で舜の放つ氷気を受け止めた。
 瞬く間に腕が、肩まで凍りつく。
「今日の遊びはここまでだ」
 その言葉を残し、炎帝の姿は闇へと消えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...