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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 21
しおりを挟む「やっとやる気になったか。長く、遊び相手がいなくて退屈していたところだ」
心底楽しそうに、炎帝が言った。舜が床を蹴るのと同時だった。蝙蝠のような漆黒の翼を広げて飛翔し、炎帝の後ろ、ドームの中心へと回り込む。
この翼、あと数十年使えないように、黄帝に封印されていたはずだったが、炎帝の炎を受けた時から、羽ばたきを封じる黄帝の封印も解けている。
「私との間合いを取ったつもりか? そんな無駄な足掻きを――」
言葉の途中で、舜の氷気が閃いた。
無論、炎帝にかわせぬ距離ではないし、炎気で消滅させてしまえないものでもない。
だが――。
「くっ! 目が……っ!」
不意に奪われた視界と視力に、刹那、炎帝の動きが鈍くなった。目の前の何かを、或いは、目の中の何かを払うように、ギュッと目を閉じ、頭を振る。もちろんそれでも舜の氷気の気配は感じ、最初の氷気は辛うじて避けた。
だが――。
ヒュン、と風を切る音が聞こえた時、炎帝も咄嗟に炎気を放ったが、爪が空を切る音の先には、新たな氷気が迫っていた。
長く伸びた舜の爪は、後ろへ飛び退いた炎帝の首をかすめたのみで、間髪入れずに放った氷気も、炎帝の気に遮られる。
だが、炎帝に余裕はなかった。軽くあしらえるはずの舜に、苦戦していたと言ってもいい。
「ほう。これは、八卦のお陰で、面白いものが見れた」
二人の闘いを眺めながら、伏羲が言った。
目を瞑ったまま動く炎帝の攻防に、愉しそうに唇を歪める。
「目が見えないだけでなく、耳もあまり聞こえていないようだ」
索冥の言葉にじっくり見ると、確かに炎帝は舜の爪が風を切る音よりも、気の動きで爪に込められた力を感じて動いている。
だが、何が起こっているというのだろうか……。
目に何かが入っている。
視界が濁り、何も見えない。
耳にも何かが入っている。
雑音ばかりが大きく響き、周囲の音が聞き取れない。
何かの攻撃による影響、というよりも、ゴミや異物が入ったと思えるような感覚だが、そんなことがこの状況で目と耳に同時に起こるとは考えづらい。
無論、相手の気を読んで動ける炎帝には致命的な障害ではないが、『それ』は皮膚の毛穴にも入り込み、手足の動きを鈍らせているようにも感じる。まるで、黄帝の操る黄土のように――。
――まさか!
まさか、本当に黄帝が、己が息子に手を貸しているというのだろうか。あの、冷酷で無慈悲な青年が。自分の息子を護るために――。いや、黄帝の黄土の気配なら、炎帝に判らないはずがない。
――これは……。
これは、炎帝が知る気配ではない。
だが、同族である、と思える何かがある。それが何かと言われても、感覚でしか判らないのだが。
舜の攻撃は、手負いの獣のように果てることなく続き、炎帝は苦痛とは呼べないにしても、体の不自由さに腹を立てながら、その攻撃を交わし、反撃した。
無論、アヤ・ソフィアは見る影もなく、崩壊している――はずである。本来ならば。
それなのに、まるでこの建造物の中は異空間でもあるかのように、どんな攻撃の痛手も受けず、美しい芸術のままで存在している。何かの封印に守られているかのように。
そして、そんなことが出来るのは、あの銀糸の青年をおいて、他に誰もいはしないだろう。
「クソッ! 離れろ!」
体を蝕む感触に、炎帝は自分自身を炎に包んだ。もちろん、その炎に炎帝が焼かれることはない。
だが、
「死ね!」
炎帝の気が逸れる刹那を狙っていた舜は、炎帝めがけて魔氷の気を解き放った。全てのものを、その内側から凍りつかせる冷たい力は、たとえ相手が炎帝であろうと、容赦なくその力を見せつける。
――食らうわけにはいかない。
体中を包み込んだ火鴉の炎に、取り憑いていたものが、刹那、離れる。
目が見え、耳が聞こえるようになった。
――あいつ、なのか?
炎帝には不本意なことであったが、燃え盛る炎に、その何者かが離れる気配を感じると、片手で舜の放つ氷気を受け止めた。
瞬く間に腕が、肩まで凍りつく。
「今日の遊びはここまでだ」
その言葉を残し、炎帝の姿は闇へと消えた。
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