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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)

十三夜 聖なる叡智 19

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「もういい! そこまでだ!」
 索冥は駆け寄り、デューイの血を止めるために手を伸ばした。
 仁の霊獣である索冥に、知らん顔はしていられない。
 普通なら、索冥の仁の行動を帝王が止め、索冥の代わりに血を浴びる。
 だが、その帝王は今、身動きできない状態にある。そして、自分のせいでデューイが死んでしまったら、恐らくそれは深い傷として残るだろう。
 長く生きていればそういうことは何度もあるだろうが、彼は――デューイは、そんな風に死なせてしまってはいけない人物のような気がしていた。
 もちろん、彼のような人間が多くないことを知っているからでもあるし、何より、黄帝のバラ撒いた予言と違うことが起ころうとしているからでもある。
 傍まで行くと、
「触らないでください!」
 自分に伸びる索冥の手を拒んで、デューイが言った。
「おまえ――」
「これしか方法はないんです……。お願いします……」
「……何を言って?」
「僕にはもう、行くところも帰る場所も……。舜と一緒にいたいんです……」
「……」
 それは一体、どういう意味だったのだろうか。舜と共に居続けるためには、死ぬしかないなど――。彼は、自分の血を舜に捧げることで、舜の体の一部となって、この先も共に生きようとしているのだろうか。
 ただでさえ血の気の薄いデューイの顔が、さらに血の気を失って蒼く変わる。
 炎帝も伏羲も、成り行きを最後まで見届けるつもりらしく、手も出さず、口出しもせずに眺めている。
 黄帝もきっと、この様子を何処かから眺めているのだろう。もしかすると炎帝には、その位置すら判っているのかもしれない。伏羲のように、その姿を探すように視線を巡らせたりもしていない。
 デューイの体が、ゆっくりと傾いだ。
 もう、血は残っていないらしい。目は虚ろで、体に力らしきものも垣間見えない。
 あまりにも安らかな表情での、死を迎えた瞬間だった。
 それとほぼ同時に、舜の体が元の通りに形作られ、乾いた欠片が肉片となり、血を巡らせて復活する。十年前のあの日と同じ、少年のままの美しい姿で。
 死から甦る度に美しくなる種族がいるのだとすれば、それは彼らのことであったに違いない。開いた瞳は怒りに冷たく、握り締めたこぶしは氷の如く――倒れるデューイの体を受け止めると、そのまま寝かせて、すぐに炎帝に向けて床を蹴った。
 ここで起こった全てを知るように、甦った舜は、即座に炎帝に向かっていったのだ。己よりも遥かに凄まじい力を持つ、その恐ろしい麗人に。
 もちろん、炎帝は逃げもしない。舜が放つ鋭い爪の一線を受け止めると、
「怒りというのは、美しいものだ」
 と、怒りに凍る舜の面に、指をかける。
「触るな!」
 手を振り払い、至近距離で氷気を放つと、炎帝の姿が刹那に消えた。代わりに、気を受けた柱とドームの壁が凍りつく。
 どんなものでも体の内側から瞬時に凍りつかせてしまう舜の魔氷の気は、さすがに炎帝も喰らいたくはないのだろう。それとも、軽くかわせることを見せつけたかっただけなのだろうか。



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