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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 17
しおりを挟む「舜――。舜……」
口の中で、何度もその名前を繰り返しながら、デューイは一片も残さず、壁から剥がれ落ちた舜の欠片を拾い集めた。
体中が融けるように熱く、骨まで炎が浸み込んでいるようだったが、欠片を集めている間は、そんなことも気にならなかった。
舜の心臓は、ちゃんとビンの中で動いている。それを見て安心すると、やっと体の痛みを感じ始めた。以前にも味わったことのある痛みである。あの時は手だけだったが、やはり、今回と同じように炎帝の炎に焼かれた痛みだった。そして、その時もやはり、死んでしまった舜を生き返らせるための道中だった。
黄帝は今回も、あの時と同じようなことを、デューイに訊いた。
『……それでもいいのですか?』
問いかけの内容は少し違ったが、舜のために出来ることがあるなら――それが自分に出来ることであるなら、デューイに断る理由など何もなかった。
「もちろんです」
そう応えた。
苺ジャムのビンから、鼓動を続ける舜の弾力のある心臓を取り出し、集めた欠片の上に重ね置く。
『おい、大丈夫なんだろうな?』
目が見えていない舜には、自分の封印が解けたことしか判らない。果たして、デューイに何とか出来るのかどうかも。
「大丈夫だよ。欠片は全部集めたし」
そう言って、デューイは腰につけた、焦げたウエスト・ポーチから、小さなアーミーナイフを取り出した。どう見ても戦闘には向かない、日常生活向きの代物である。
だが、皮膚と血管を裂くには、充分である。
「おい――っ」
索冥の言葉は聞こえたが、
「あ、すみません。麒麟のあなたの前で、殺生をするなんて……」
首筋に当てたナイフを垣間見、仁の霊獣である彼の嫌うものを思い出して、そう言ったものの、やめることは出来ない。
「戻ってからゆっくりやれよ。――黄帝はもう手を貸さないってか?」
「いいえっ。この場所のことも教えてくださったし――」
「この場所は俺たちが街で訊いて回って探したんだよな?」
「舜の心臓も生き返ったし――」
「おまえの血で、な」
「体もこうして無事だったし――」
「あのチビはバラバラの木乃伊で、おまえは黒焦げだけど、な」
「それでも――」
デューイが言いかけると、
「まどろっこしい奴らだ。こっちはいつまでもおまえたちに付き合っているほど暇ではない。話がまとまらないのなら、私が手を貸してやろう」
炎帝の長い指が横一線に走り、鋭い風が閃いた。
「やめ――っ!」
索冥の目には何が起こったか映っていたが、デューイの目には速過ぎて何が起こったのか判らなかった。
柱に巻きつく伏羲の顔は、満足そうに笑んでいた。
刃よりも鋭利な一筋の風は、デューイの持つアーミーナイフなどとは比べ物にならないほどに、見事な朱の線を刻んでいた。
「馬鹿な……」
切り裂かれた頸動脈から、瞬く間に鮮血が迸り、乾いた舜の木乃伊を朱に染める。それを見ての索冥の呟きだった。
傷はぱっくりと口を開き、ボタボタと生温かい血を零している。
「傷を押さえろ!」
索冥の言葉に、
「いいんだ……」
デューイは言った。
「最初からこうするつもりだったんだから……」
「クソっ! 黄帝か」
穢れを厭う索冥に、デューイの傷口を押さえて止血することは出来ない。もちろん、出来るものなら、すぐにもそうしていただろう。デューイとて、今や夜の一族の一人――。血を止めることさえできれば、体内の血を失って死ぬことはないのだから。
だが――。
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