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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 16
しおりを挟む「八卦が当たって良かったではないか!」
炎帝の愉しげな言葉と共に、ゴオオオォ――、っとさらに炎が強さを増した。
「水の中で炎が使えればいいが」
凄まじい雨が降り注ぐ――そう思った刹那、
「俺がおまえらを蹴り飛ばす方が早いぞ、きっと」
索冥の姿が、しなやかな純白の霊獣に変化した。若鹿のように枝分かれした二本の角と、真っ白い鬣、真珠色の鱗に覆われた美しい体躯――まさしく、神秘に満ち溢れる仁の霊獣の姿であった。
「――そういえば、速さだけが取り柄だったな」
「霊力の手加減はしないぞ」
「時代と共に趣向を変えたのか?」
「死なない奴を蹴り飛ばしても胸は痛まないからな」
「……。あの子供と似合いの麒麟だ」
炎が収まり、雨雲が霧散するように消え失せた。――かと思うと、再び炎が立ち昇り、瞬時に壁を舐めつくした。
誰が何を言うよりも早く解き放たれたその炎は、まるで索冥を嘲笑うかのように、モザイク画の欠落した部分にはめ込まれた舜の木乃伊のモザイクを、黄帝の封印から解き放った――。
さらに――。
「うわあっ! あちっ! あちち――っ」
壁の側で、舜のモザイクにくっついていたデューイも、被害を受けた。
炎はほんの刹那のもので――でなければ、デューイなど瞬く間に灰になっていただろう。火傷だけで済んでいるのだから、かなり手加減がしてあったとみて、間違いない。
そして……。
パラパラと壁から剥がれ落ちるモザイクの欠片が、床の上に積もり始める。黄帝がかけた封印の力で、壁に貼りつけてあった舜の木乃伊が、次々に剥がれ落ちているのだ。
他のモザイクは、何事もなく、尊い画を形成している。
「舜――」
一番に動いたのは、今回は珍しくデューイであった。舜の欠片を、真っ黒に焼け焦げた手でかき集め、これも真っ黒に焦げた体で一片たりとも逃がすまいと覆いかぶさる。
黒く焦げた煤の下は、焼け爛れた皮膚があるに違いない。それでも、そんな体の痛みなど関係ないように、一心不乱に床に落ちた欠片を一カ所に集める。その姿は、見ていて言葉に詰まるものでもあった。
彼は何故、他人のためにここまで一生懸命になれるのだろうか、と。
わずか数十年の生命しかない人の世とは、それほどまでに他人のことを――他人の生命のことを、気にかける世界なのだろうか。
殺し合い、国単位で人の命を奪い合う世界でありながら、こうして痛みをものともせず、焼け焦げた手でバラバラの体を集め続けるように――。床に這いつくばり、小さな欠片さえ見逃すまいとするように……。
彼は今、自分がどんな顔をしているか、気付いているのだろうか。炎帝の側に向いていた顔は赤黒く焼け、髪も半分焼け焦げて、服は皮膚に張り付いている。本来、夜であればすぐに癒えるその傷も、まだ少しも癒えてはいない。相手を攻撃するための炎ではなく、封印を解くための炎であったにも関わらず――。炎帝の炎――火鴉の力とは、それほどの威力を持つものなのだ。
何故か、誰も動かなかった。――いや、動けなかった。
永きを生きて来た彼らには、つい十数年前までただの人間であったデューイの心など、判らなかったのだ。ゆっくりと拾い集めても、さほど時間はかからないであろうに、すぐに集めなければ何処かに飛んで行ってしまう、とでも言いたげに、無心で欠片を拾い集めるデューイの行動が不可解だった。
一分と、一時間――。それはほんのわずかな違いのもので、十年も百年も刹那でしかない、彼らには。
死んでも生き返るのだから、死に悲しみもない。あるのは、苦痛と、甦る体への落胆だけ。
死んでいることと、滅びることの意味は違う。
彼らは、死に切れない定めを負う一族、なのだから……。
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