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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)

十三夜 聖なる叡智 15

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 その後、壊れた脳細胞が再生され、デューイの思考が再稼働されるまでのことは割愛するとして、
「来た」
 索冥が言った。
 別に物音がしたとか、扉が開いた、という訳ではないが、気配を読み取るように言ったのだ。
 だが、一体、誰が――。
 その気配は、あっと言う間に聖堂を覆い、デューイにも容易に判るほどになった。以前にも何度か遭っている。その男は――。
「聖堂に麒麟とは似合いなことだ」
 伏羲と正反対の言葉を吐き捨て、現れた麗人、炎帝は言った。
 やはりこちらも索冥に声をかけただけで、デューイのことは眼中にないらしい。もっとも、構われても困るのだが。
 索冥は厭な顔をして、ただ腕を組んで立っている。もちろん、炎帝の言葉があてこすりだと解っているからである。
 一方、伏羲の方は、
「ほう。帝王と麒麟は揃ったが、組み合わせがおかしい」
 と、二股に割れた細く赤い舌を吐き出した。
 チョロチョロと動く舌先に、デューイの全身が総毛立つ。
「ハッ。麒麟など、どいつが側いても同じこと――。決まった言葉を言うしかない能無しどもだ。――おまえ、わずかに黄帝の血が入っているようだが、継いだのは母親の血と力と見える。口先だけしか能がないなら、とっととここから立ち去るがいい。己の命が失われぬ内に、な」
 炎帝の言葉は相変わらず、高みから他者を見下すものであった。
 伏羲の体つきを見れば、母親似であろうことは、容易に知れる。ただでさえ、夜の一族の血は、子々孫々には継がれにくいのだ。
「私のことなら気遣いは無用――。父の言葉と私の八卦、どちらが正しいか見届けるためにここにいるのだ」
「フン。どんな八卦かは知らぬが、我が炎はおまえの存在など気にせぬぞ」
 巻き添えになって死んでも文句は言うな、と言い放ち、炎帝は索冥を振り返った。
「さて、仁の霊獣は、われにどんな指図をするのだ?」
 と、鷹のように鋭い瞳を冷ややかに細める。問いかけでありながら、言えるものなら言ってみろ、という態度であることは間違いない。
「……もし、黄帝の封印が解けるのなら、解いてくれ」
 索冥は言った。ある意味、それほどの皮肉もなかっただろう。炎帝は自分が黄帝よりも下だと思ったことはないのだから、侮辱にも等しい言葉であったに違いない。さらに、炎帝の操る火鴉の炎は、どんな封印をも焼き尽くす。
「もし? クックッ……。面白いことを言う白麒麟だ」
 興じるように喉を鳴らし、
「この建物ごと焼き尽くしてくれる!」
 ゴオオオオ――っ、と凄まじい炎が立ち昇った。赤、橙、黄……と色彩の変化を描く熱い炎が、炎帝の全身を包み込む。それは、煉獄、という言葉こそ相応しいものであった。
「うわあっ、待った! 建物ごとはマズイだろっ!」
 何しろ、そんなことをしてしまったら、壁でモザイクになっている舜は、跡形もなく消えてしまう。何しろ、水分は血液も体液も一滴として残ってはいないのだから。
 いや、その前にここは世界遺産――と、デューイは傍らで呟いていたが、そんなことを気にしているのは、恐らく、もともと人間であったデューイ一人だけで……。ここにいる残りの三人――舜を含めて四人はきっと、微塵も考えていないに違いない。そんなちっぽけなことなど。
 無論、デューイにしても、舜の命の方が、その何倍も大切なものではあるのだが。
「どうやら、私の八卦の方が正しかったようだが、私まで死相に取り憑かれるのはうまくない」
 伏羲が言うと、途端にドーム内に暗雲が立ち込め、湿度が急速に上昇した。まるで、雨が降る直前のように――。
「あの、ここは世界遺産なんですけど……」
 炎で焼失するのも、豪雨でビザンチン美術の最高傑作が消失してしまうのも、とっても困る。

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