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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 12
しおりを挟む「凄いな……。これが全部、絵じゃなくてモザイクなんて……」
誰もいないのをいいことに、好奇心に惹かれて、そっと荘厳な壁に触れてみる。
『オレに触るなよ!』
――え?
触れた途端、耳に響いたその声に、デューイは辺りをくるくると見渡した。
索冥は、相変わらず宙に浮いて、デューイの目の届かない部分を探っている。
だとすれば、今喋ったのは、索冥の『からかい』ではない、というのだろうか。
「……舜?」
もう一度、恐る恐る手を伸ばし、壁に触れて問いかけると、
『クソッ! その男のモノを握った変態の手で触るなよ!』
この悪態は、間違いなく、いつも舜が零していたものである。ということは……。
「壁が、舜を――。舜が……舜が壁の中に塗り込められてるぅぅ――っ!」
デューイは、行きついた結論に声を上げた。
まさか、あの猟奇的なホラーが、ここで現実のものになってしまっているなど。
そのデューイの叫びを聞きつけて、索冥がすぐに飛んで来た。そして、壁をじっと見つめると、
「……壁の中じゃない。このモザイクの欠片ひとつひとつが、あのチビの欠片だ」
確かに耳には聞こえていたのだが、デューイがその索冥の言葉を理解するには、しばらくかかった。
モザイク画の欠片、一つ一つが、舜の欠片――。その意味する処は……。
「バラバラ殺人事件……?」
いや、そんな生々しい匂いはしない。まるで、血を失って乾いた体を砕き、ちぎり絵でもするかのように、入念に貼り付けていったかのような――。
「――どれだけ暇なんだ、あいつ?」
呆れるような索冥の言葉も、デューイには噛み砕いて飲み込むまでに時間がかかった。
もちろん、糊やボンドで貼り付けてあるわけではなく、索冥が言うには、封印が糊の役割を果たしている、ということで、その封印が解ければ、本来のモザイクは残り、舜の欠片だけが壁から剥がれ落ちるのではないか、ということだったが。
「封印を解いてください」
デューイは、索冥に懇願した。
だが――。
「はあっ? 俺に黄帝の封印が解けるはずないだろ。小さい子供を閉じ込めておくだけの扉の封印くらいならともかく、こんな気配も何も残さない、探りようのない封印なんか」
絶望的な言葉が返って来る。
パズルのピースのように細かくなった舜の欠片を拾い集めることは出来るとしても、そのためには、黄帝の封印を何とかしなくてはならないのだ。
「舜……」
デューイは再び手を近付け、ふと、さっきの舜の言葉を思い出し、手の代わりに、頬を壁画にくっつけた。
『うわああっ! やめろ! 気持ち悪いことするなよ!』
蒼冷めて後ずさるような舜の悲鳴――文句が聞こえる。
「でも、手で触るなって……。壁に触れていないと声が聞こえないみたいだし」
素直な青年なのである。
『手でいい、手で――。顔をくっつけるな!』
バラバラに細かくなっているというのに、以外に元気そうで安心する。
一方、手で触ってもいい、というお許しをもらったデューイの方は、今までの悲愴な面持ちが嘘のように、いつもの人の良さそうなニコニコ顔に戻っている。そして、モザイク画を慈しむように優しく撫で、
「ごめん、舜。実は封印の解き方がわからなくて――」
『それ以上撫でまわしたら、殴るぞ』
皆様に、舜のリアルな鳥肌モザイク画をお見せできなくて残念である。
叱られてしまったデューイは、そっと手を置くに留め、項垂れている。悪気はなかったのだが、十年ぶりの再会に、つい自分への制御が効かなくなってしまっていたのだ。たとえ、バラバラに細かくなったモザイクの体とはいえ、それは確かに舜そのものであるのだから。
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