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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 9
しおりを挟む「――って、飛べないのか、おまえ?」
「す、すみません!」
謝る必要があるのかどうかは解らないが、一応、相手に迷惑をかけてしまいそうな時は、謝っておかなくてはならない。
「まあ、虞氏だって飛べた訳じゃないけど――。あいつらは二人とも飛べるからなァ」
あいつら、とはきっと、舜と黄帝のことだろう。
「どうしましょ?」
何度目かの間抜けな問いかけを口に出し、デューイが困ったように眉を落とすと、
「そう言われても、俺は帝王以外、乗せるのも触られるのもごめんだし――」
「帝王?」
それも、舜や黄帝のことなのだろうか。――いや、そうに違いない。
なら、会った時から、デューイの握手や歩み寄りを拒んでいたのは、性癖を察していたからでなく、単に……。
少しホッとした気分である。が、
「俺一人の方が動きやすそうだな」
早くも邪魔者扱いされてしまった……。
結局、索冥もデューイも、それぞれ一人で舜の手掛かりを探すことになった訳だが、家の中はこの二週間探し回ったし、外を探すといったところで、舜の匂いも気配も何一つ追えるものが無い。
困り果てて動けずにいると、
「おや、一人ですか、デューイさん? 約束があったので戻って来たのですが……。おかしいですねぇ」
と、振り返らずとも判る声が、不意に聞こえた。
足音や物音ひとつしなかったことさえ、不思議ではない。それに、
「あ、あの、さっきまでここで待って――」
待って、というか、デューイが余計なことを言ってしまったせいで、舜を探しに出てしまったのだが――。
「帰ったのですか? やれやれ、たかが三時間ほど遅れただけなのに、せっかちですねぇ……」
黄帝は困ったように顔を顰めている。
これはマズイ。何しろ、デューイのせいで索冥は約束をすっぽかしてしまうことになったのだから。
もちろん舜なら、黄帝がわざと約束の時間にすれ違うよう仕組んでいたに決まってる、と言うに違いないが。
「あ、あの、黄帝様! 実は、僕が――」
デューイは黙っていることも出来ず、これまでの経緯を話して聞かせた。
舜がデューイの犯した罪のために、黄帝に殺されたのではないか、と邪推し、それを聞いた索冥が、舜を探すために出て行ってしまったこと――それらを包み隠さず、正直に告げる。
もちろん、いくら温厚な黄帝と言えど、我が子を殺した、などという疑いをかけられては良い気はしないだろう……と、デューイはお叱りを覚悟していたが、
「ああ、あなたが申し訳ないと思う必要などないのですよ、デューイさん。舜くんのことは、あの日からの約束だったのですから」
黄帝の口から零れたのは、そのあっさりとした言葉であった。
親ならもっと――いや、今更何も言うまい。
「じゃあ、舜は、やっぱり……」
「いつぞやの《空桑の実》を差しあげましょうか? 始祖感精の実は、きっと今の舜くんと全く同じ舜くんを創ってくれるはずですから。記憶さえも引き継いで」
「……」
その言葉の意味するところは何なのだろうか。最早、舜を甦らせることは不可能であると――そう言うのだろうか。
それならいっそ、《空桑の実》で、新しい舜を――。とは、デューイにはとても思えない。たとえそれが同じ舜であるとしても、デューイには、これまで自分を幾度となく助けてくれ、共に行動して来た舜だけが、全て、なのだから。
「黄帝様、あの日のことは、全てぼくの責任です。――ですから、舜を助ける方法を……いえ、居場所を教えてください」
蘇らせ方なら、以前に見て知っている。
だが、舜を甦らせるためには、彼自身を見つけ出さなくてはならないのだ。
「あなたは本当に損な性分ですねぇ、デューイさん。それでこそ、私も出掛けた甲斐があったというものです」
「え?」
「あなたもすでにご家族の元へは戻れぬ身――。旅に出られるのもいいでしょう。――これは私からの餞別です」
そう言って黄帝が差し出したのは、枯れ葉のようなものが詰まった、何の変哲もない透明の小瓶だった。苺の絵のラベルが貼ってある。
「これは……?」
よく見れば、枯れ葉と言うよりも、朽ちて乾いた木端のようにも見える。
「私が潰した舜くんの心臓です」
こともなげに黄帝は言った。
デューイが気を失ってしまったのも、無理のないことであっただろう……。
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