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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)
十二夜 貨殖聚斂の李 18
しおりを挟むそれから、そう待つこともなく実は実り、舜はあの時約束した通り、索冥たちに一つずつ《貨殖聚斂の李》を渡すと、残りの実を収穫した。
「あ、何でも好きなお願いをしていいから。来年も、また生るし」
「……」
養分も何もない土で、来年まで幹が保つはずもない。
今、実を付けているのは、蚩尤たちの生気と血肉の恩恵によるものである。
せっかく芽生えた生命ある木を、みすみす枯らしてしまうのは胸が痛むが、今更言っても詮無いことで――。舜から目を離してしまったことが、この過ちの始まりだったのだから。
舜自身も、その木に生気を吸い尽くされて酷い目に遭ったというのに、気付かないのだから子供である。
「――で、これからどうするんだ? その実を使って母親の処に会いに行くのか?」
索冥は訊いた。
使ってもただの李なのだから、望みは叶いはしないのだが。
すると、舜は得意げな顔でにんまりと笑い、
「かーさまのところには、あとでゆっくりと行くからいい」
と、淀みなく言った。
「へ? 後で、って他に何処か行きたいところが出来たのか?」
本当に行動の読めない子供である。
索冥が訊くと、舜はさらに“にんまり”と唇を持ち上げ、
「黄帝が寝てる間に家の周りに実をぜんぶ植えて、蚩尤みたいにあいつを弱らせて退治してやる!」
「……」
――何と言うか……。
そこまで子供に嫌われる親もどうかと思うが、その子供がまた、何度、千尋の谷へ突き落とされてもはい上がって来るほどに逞しいから、ただただ唖然としてしまう。
それに――。
あまりにも黄帝の言葉通りに運ぶ展開は、反応にも困るほどで……。
そう。索冥は、舜がそう言うであろうことも、すでに黄帝から聞かされていたのである。舜の居場所を告げに行ったあの日、あの奇峰の最峰で。
「――そうそう。きっと、舜くんは《貨殖聚斂の李》を使って私を倒そうとするでしょうから、何も言わず、好きにさせてあげてください。骨折り損のくたびれ儲けをする舜くんを、陰でクスクスと笑いながら眺めたら、きっと楽しいですよ」
と……。
この親子、もはや常人の理解の範囲を超えている。
そして、舜が持っている《貨殖聚斂の李》が、たとえ全て本物でも、あの黄帝にはさっぱり効かないような気がするのだが、それは索冥の思い違いだろうか。――いや、きっと思い違いではないだろう。あの一見呑気そうな青年を倒せるものなど、果たしてこの世にあるのかどうか……。
「……まあ、いいか」
倒されるはずの当人、黄帝からも黙認するように言われているのだから、索冥が舜の企てる暗殺を止める理由もない。
失敗して黄帝に首根っこを押さえられ、また家から出られなくなってしまう運命が手に取るように判る成り行きだが、ここは傍観するとして……。
《貨殖聚斂の李》を袋一杯に詰め込み、その重さにヨタヨタとしながら蝙蝠のような漆黒の翼で飛び去ろうとする舜は……羽ばたけど羽ばたけど、いつまで経っても浮かび上がらず……。
「手間ばっかりかかる奴――」
索冥は見かねて溜息をつき、
「背中に乗れ」
と、顎でしゃくった。
光が流れるような純白の鬣と、若鹿のようなしなやかな体躯、そして、全身を覆う真珠貝のような眩しい鱗、枝分かれした美しい角……索冥は、その本来の姿を、舜の前に見せつけた。
それは――。
舜は羽ばたきさえも忘れて地面に落ち、それでも茫と索冥の姿を見上げると、
「……索冥って、どーぶつだったの?」
――つくづく、失礼なやつである。
「俺は仁の霊獣――麒麟だ」
畏れ入ったか、とばかりに舜を見下ろす――が、
「キリンって、こんなだっけ?」
……理解していない。
ついでに、
「はちゅう類?」
と、体の鱗を触って、言う。
鬣以外は、宝玉のような鱗に覆われているのである。
それを、トカゲや蛇と同じ扱いとは……。
「……」
霊力を開放してやろうか。
いや、それも大人げない。
――途中で振り落としてやる。
結局、大人げない。とはいえ、索冥が硬く心に誓ったのも無理はない。仁獣とはいえ、機嫌を損ねるのは彼らも他の生き物と同じである。
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