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十二夜 貨殖聚斂(かしょくしゅうれん)の李(り)

十二夜 貨殖聚斂の李 13

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「これは珍しいお客さまですねぇ」
 我が子がいなくなって数日経つというのに、相変わらず盆栽いじりでもしてそうな雰囲気で、黄帝は言った。
 ここは、雲海の中に奇峰が聳え立つ、山水画の世界である。今更言うまでもないが、その青年の住居であることも付け加えておこう。
 その奇峰の一つの最峰に構える住居で、黄帝は訪れた客人に、優美な黒壇の椅子をすすめた。
 椅子に腰かけるその男は――。
 白い面貌に、結い上げた髪の一筋が落ちているのが際立つ、美丈夫である。優しさと正しさが滲みだすような表情と立ち居振る舞いは、彼を人ならざる者として映している。
「何とお呼びしましょう? やはり、舜――」
「いや、虞氏と――。あれもずっとそう呼んでいた」
 姚重華――虞氏と称する者は、そう言った。
 うつくしいという言葉は、その彼の心にこそ、相応しいものだったかも知れない。
 舜帝――長らく、そう呼ばれ続けて来た、その男に――。
「二人なら、蓬莱山の方にいると思いますが」
 向かいの椅子に腰をおろして、黄帝が言うと、
「ああ、そうだな。――我が子に蚩尤をけしかけるとは、相変わらず非道な男よ」
 どうやらもう、そちらの事情は知っているらしい。
「うーん、身に覚えがありませんが……。ああ、そうそう。蚩尤たちに蓬莱山で待っている、と言ったのでした。この頃、年のせいかすっかり忘れっぽくなって――。彼らは、もう怒って帰ってしまいましたか?」
 ……どうすれば、大真面目な顔で、これほど白々しい嘘が吐けるのか、解らない。
「そなたの子が追い払った」
「おや、そうなのですか? まあ、せっかく家の外に出たのですから、実戦の雰囲気を味わってみるのもいい経験です」
 この青年でなくては、許されない反応だっただろう。きっと何もかも知っている――そう思ってしまうのは、ただの買いかぶりだろうか。
「索冥たちに、生き物を傷つけることなど出来はしない。ましてや殺してしまうなど――。そなたがあの子供を当てにしていたのでなければ、何のつもりであんなことを仕組んだというのだ?」
「ですから、年のせいで約束を忘れて――」
「もうよい」
「なら、訊かないでください」
「……」
 心の広い虞氏でもなければ、殴っていたかも知れない。――そして、たとえ仁の心に溢れる麒麟でも。
「あなたこそいいのですか、虞氏? 雪精霊が想いを寄せたのは舜くんではなく、あなたでしょうに」
「……それは、私の罪だ」
「魔物を愛したことが罪なら、私も舜くんも同罪ですよ。彼の血には、色々と混ざっていますからねぇ」
 全てを見透かすような、眼差しだった。
 虞氏は目の前で組む指先を見つめ、
「愛したことが罪なのではない……。見えぬ振りをしたことが罪なのだ」
「どちらにも良い顔をしようとするから、苦しむのですよ」
「全くだ……」
 知っていたのに、知らないフリをしていた。
 見えていたのに、見えないフリをしていた。
 あの雪深い山の中で……。



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