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十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘

十一夜 猩猩の娘 2

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 赤子は余程空腹だったのか、朴應欽が自分の村へ連れ帰り、ちょうど乳飲み子を抱える自らの妻の乳を含ませてみると、弱った様子を見せるでもなく、無心に乳を吸い始めた。それはもう見ていて憐れなほどで、尽きることがないのでは、と思うほどに乳を含んで離さない。
 生まれたばかりの子供が、何も口にせず、世話をされることもなく生きていたことも奇跡なら、こうして、朴應欽に拾われ、乳の出る女房がいたことも奇跡の一つだっただろう。――いや、運命とでも呼ぶのだろうか。
「乳を飲み疲れて眠ってしまったか」
 まだ吸いたそうに口を動かしながら、それでも、眠気には勝てずに眠ってしまった赤子を見て、朴應欽と、その妻、宇春ユーチェンは言った。
 ここは、支流の交わる大きな町から、川と山を遡ること五時間の、内陸部にある渓谷沿いの村である。
 二〇キロにも渡る渓谷は、数百メートルに及ぶ断崖絶壁に形作られ、黄金の龍が眠る地、と云われている。
 まるで黄龍が崖を翔け昇るかのような模様を刻む、美しい自然の姿所以に。
「さて、新夏シンシアのお古にでも着替えさせてあげましょう」
 新夏とは、一歳になる二人の子供で、さっきからつかまり立ちをしながら、突然やって来た小さな赤子のことを、珍しげに覗いている。
 その新夏を傍らに、赤子の服を着替えさせ、着ていた服に目をやると、今はすっかり乾いて黒くなった血の下に、縫い取りがしてあるのが目についた。
《 黄帝様より授かりし御子 》
 高貴な明黄色の糸で、そう縫われている。
 生地も仕立ても見事なもので、この赤子がさぞ裕福な家の生まれであることが伺えた。
「黄帝様の……御子?」
 この頃、人はまだ神や魔物を信じ、畏れ、供物や儀式を欠かすことなく、すぐ側に神秘を感じて暮らしていた。
 その中で見つけたこの縫い取りは、赤子を拾った夫婦にとって、それはもう大変な騒ぎをもたらすものであったのだ。
 すぐに近隣の家家に跳んで走り、その赤子の話をすると、誰かが、
「それは呪術師の村のことだろう」
 と、廃墟の村で起こった顛末を話してくれた。
 巨大で、栄華を誇る無得ムウと呼ばれる大陸と親交を持ち、女たちは特別な力を宿す者が多く、その村はいつの間にか『呪術師の村』と呼ばれるようになったという。
 だが、その特別な力故に魔物に狙われ、滅ぼされることになったのだ、と――。
「なら、あの赤子は……」
「黄帝様のご加護で難を逃れ、生き延びたのに違いない」
「そうだとも! でなければ、生まれたばかりの赤子が乳も飲まず、外に放り出され、何日も生きていられるはずがない」
「まこと、黄帝様の御子じゃ!」
 黄龍の眠ると云われる渓谷の村に、神の御子が使わされた――そんな噂が広がるのに、そう時間はかからなかった。
 そして、数ヶ月経っても、一年たっても、二年たっても、その赤子が乳以外口にしなくとも、誰もが黄帝様の御子だから、とその一言で片づけていた。


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