261 / 533
十一夜 猩猩(しょうじょう)の娘
十一夜 猩猩の娘 2
しおりを挟む赤子は余程空腹だったのか、朴應欽が自分の村へ連れ帰り、ちょうど乳飲み子を抱える自らの妻の乳を含ませてみると、弱った様子を見せるでもなく、無心に乳を吸い始めた。それはもう見ていて憐れなほどで、尽きることがないのでは、と思うほどに乳を含んで離さない。
生まれたばかりの子供が、何も口にせず、世話をされることもなく生きていたことも奇跡なら、こうして、朴應欽に拾われ、乳の出る女房がいたことも奇跡の一つだっただろう。――いや、運命とでも呼ぶのだろうか。
「乳を飲み疲れて眠ってしまったか」
まだ吸いたそうに口を動かしながら、それでも、眠気には勝てずに眠ってしまった赤子を見て、朴應欽と、その妻、宇春は言った。
ここは、支流の交わる大きな町から、川と山を遡ること五時間の、内陸部にある渓谷沿いの村である。
二〇キロにも渡る渓谷は、数百メートルに及ぶ断崖絶壁に形作られ、黄金の龍が眠る地、と云われている。
まるで黄龍が崖を翔け昇るかのような模様を刻む、美しい自然の姿所以に。
「さて、新夏のお古にでも着替えさせてあげましょう」
新夏とは、一歳になる二人の子供で、さっきからつかまり立ちをしながら、突然やって来た小さな赤子のことを、珍しげに覗いている。
その新夏を傍らに、赤子の服を着替えさせ、着ていた服に目をやると、今はすっかり乾いて黒くなった血の下に、縫い取りがしてあるのが目についた。
《 黄帝様より授かりし御子 》
高貴な明黄色の糸で、そう縫われている。
生地も仕立ても見事なもので、この赤子がさぞ裕福な家の生まれであることが伺えた。
「黄帝様の……御子?」
この頃、人はまだ神や魔物を信じ、畏れ、供物や儀式を欠かすことなく、すぐ側に神秘を感じて暮らしていた。
その中で見つけたこの縫い取りは、赤子を拾った夫婦にとって、それはもう大変な騒ぎをもたらすものであったのだ。
すぐに近隣の家家に跳んで走り、その赤子の話をすると、誰かが、
「それは呪術師の村のことだろう」
と、廃墟の村で起こった顛末を話してくれた。
巨大で、栄華を誇る無得と呼ばれる大陸と親交を持ち、女たちは特別な力を宿す者が多く、その村はいつの間にか『呪術師の村』と呼ばれるようになったという。
だが、その特別な力故に魔物に狙われ、滅ぼされることになったのだ、と――。
「なら、あの赤子は……」
「黄帝様のご加護で難を逃れ、生き延びたのに違いない」
「そうだとも! でなければ、生まれたばかりの赤子が乳も飲まず、外に放り出され、何日も生きていられるはずがない」
「まこと、黄帝様の御子じゃ!」
黄龍の眠ると云われる渓谷の村に、神の御子が使わされた――そんな噂が広がるのに、そう時間はかからなかった。
そして、数ヶ月経っても、一年たっても、二年たっても、その赤子が乳以外口にしなくとも、誰もが黄帝様の御子だから、とその一言で片づけていた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる