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十夜 和氏(かし)の璧(へき)
十夜 和氏の璧 2
しおりを挟む「探し物?」
翼の話はさておき、黄帝の口にしたその言葉に、舜はうっかり問い返してしまった。
これはかなりマズイことである。ご存知の方も多いだろうが、この黄帝、一つの話を語り終えるのに、長い時は数年もかかってしまう、というボケ老人(舜いわく)なのだ。
気付いた時には既に遅く、舜が話を変えるよりも早く、
「おや、興味があるのですか?」
「ない! ない! ない! 絶対、ない!」
黄帝が何をしていようと興味はない。女の処に夜這いをかけに行っていようが、あちこちで子供を作ろうが――。
だが、黄帝が何かすることで、その被害に遭う者がいるとすれば、それは間違いなく息子である舜なのだ。今までの経験からしても、それは間違いないだろう。
「ないけど……何を探していたのかだけは聞いておく」
警戒しながら、舜は言った。
黄帝が一々、舜に話すくらいである。それなら、また、舜を陥れるためのものであるはずなのだ――と、舜は固く信じている。
「先程、君が書き間違えていた『璧』ですよ」
やっぱり、タイミングが良過ぎる。
ますます、嫌な予感が過る刹那である。考えたくはないが、黄帝の意のままに事が運んでいるような気がする。
「その、璧、って何なんだよ……」
何を探していたのかは判っても、それがどんなものなのか解らないのではすっきりしない。加えて、不安が募る。
舜が訊くと、
「璧(へき)とはですねぇ……」
黄帝は、青灰色のローブの袖へと手を突っ込み、ガサゴソと何かを探るような仕草を見せた。
瞬時に、舜の脳裏には、以前、《聚首歓宴の盃》という恐ろしい盃に貼り付かれ、血を吸いつくされてしまった時の厭な思い出が駆け抜けた。
「うわああっ、出すなよ! 絶対、ここで出すなよ!」
舜は慌ててそれを止めた。
また、あんな目に遭うのは御免である。
「おや、言葉で聞くより、現物を見た方が早いでしょう? 君はいつも長い話を嫌って、手っ取り早く済む方法をねだるのですから」
厭味な性格である。
舜は口の中で文句を言ったが、口に出すことはしなかった。
とぼけた口調のその父親に、言葉でも、力でも、未だ勝てたためしはないのである。
「いいから、今日はちゃんと聞くから――最後までは無理だけど」
後の言葉は聞こえないように、舜は黄帝の衣の袖から視線を逸らした。
「そうですかぁ。それでは……」
黄帝の話によると、この一ヶ月間探し回っていた『璧』とは――。
まあ、中国の物産展にでも行けば、珍しくもなく売られているものらしいのだが、玉を平らにして磨き上げた美しい玉器で、中央に穴があり、古代より、生命力や再生力が宿るとされてきた、神秘的な力を持つ宝玉らしい。外側の厚みが孔の倍あるものを『璧』と言い、厚みの変わらないものは『環』という。直径一〇センチから二〇センチの乳白色の石で、触れ合うと涼やかな音がするらしい。
「――で、その玉器には、他に恐ろしい力もあるんだろ――でしょう?」
黄帝が話すことだけを聞いていては、肝心の部分が抜けている場合が多々あるので――もちろん、わざと抜いて話しているのだ、と舜は今日も警戒しているので、訊いておく。
「いいえ」
黄帝は言った。
「私が探していた『璧』は、今から二六〇〇年以上前――。百歩以内に邪気や毒気を寄せ付けず、昭襄王(始皇帝の祖父)が、十五もの城と交換して欲しい、と和氏に頼み込んだという『和氏の璧』です」
事も無げに、黄帝は言った。
それは歴史上も行方が判らず、発見されれば国宝級の逸品たる伝説の宝玉である。
もちろん、黄帝なら、どんな珍しいものを持っていても、麒麟や龍をペットにしていても、何の不思議もないのだが……。
そして、黄帝がそれを探していた理由は、というと、どうやら、誰かに渡す約束をしたものの(きっと女だ、と舜の直感は告げていた)、どこで保管していたのか忘れてしまい、探し回っていたらしい。
怪しい限りの話である。
第一、そんな力を持つ『璧』なら、化け物の黄帝は近寄れないはずじゃないか、と舜は心の中で呟いたが、これも口に出すことはしなかった。日々成長しているのである。
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