207 / 533
八夜 火鴉(かう)の禍矢(まがつや)
八夜 火鴉の禍矢 12
しおりを挟む「あなたはご存じないかもしれないが、黄は、全身に砂を纏って、自分の気配や匂いを消すことが出来る」
「何――!」
さっきの声のない悲鳴は、ドアの前に立つ見張りが、気配も匂いもしない黄に、殺された時のものであったのだ。
ゴオオオオ――っ、と凄まじい炎がうねりを上げた。それは、ドアの封印を焼き払い、瞬時にドアを灰と化した。
それと同時に、新月の精霊のような少年が、姿を見せた。
《火鴉の禍矢》を手に立つ魔物――黄。
「ええい、放さぬか、炎! 諸共に死ぬ気ではあるまい!」
黒帝は、腕に巻き付く炎の指を、その強き力で、振り払った。
もちろん、今の炎の力では、それに抗えるはずも、ない。あっと言う間に、振り解かれる。
だが、それでも、ドアの前に立つ少年には、充分すぎる時間があった。
わずか一瞬の空白の隙に、黄は、《火鴉の禍矢》を射放っていた。
表情一つ変えもせず、玉座で繋がり合う二人に、放ったのだ。
ヒュン、と風が、音を立てた。
漆黒の闇を纏う禍矢が、普通の矢ではあり得ないスピードで、炎の胸を、深々と貫く。
「ぐぅっ!」
「うあああ――っ!」
後の叫びは、黒帝が上げたものであった。
炎を貫いた禍矢は、そのまま、炎を膝に抱く黒帝の胸をも、貫いていたのだ。
二人の体が、瞬時に、凄まじい炎に包み込まれる。
肉の杭でも繋がり、一本の矢でも繋がるその姿は、禍禍しく燃え立つ炎の中で、黒い影のように、揺らめいて、見えた。
断末魔のような叫びは、今もなお、続いている。
ヒュン、と再び、何かが風を切って、駆け抜けた。
杭――香木で出来た、小ぶりの杭である。
それが、黒帝の胸に、突き立った。
「ぐああああ――――っ!」
また、さっきよりも数段、悍ましい叫びが、火鴉の炎を揺るがした。
だが、黒帝の前には、炎がいたのではなかったか。
叫びが消え、炎の中から、黒い影が、消え失せた。そして、炎も、蒼く消えた。
玉座の上には、わずかな灰だけが、残っている。
黒帝の変わり果てた姿であった。
そして、炎は――。
「これが、火鴉の力か……」
炎は、自らの全身に漲る凄まじい炎気に、その手のひらを見ながら、呟いた。
黄が杭を放つわずか前に、あの炎の中から抜け出していたのだ。
《火鴉の禍矢》を、その身の中に取り込んで――。そう。炎は、黒帝さえも我が物にすることが出来なかった《火鴉の禍矢》を、手に入れることが出来たのだ。己の力として。本来、『夜の一族』には、そぐわないはずの、その力を。
「君は覚えていないかも知れないけど、その火鴉は君のことを知っている。君に優しくしてもらったことも、君が自分のために、涙を零してくれたことも」
黄が、言った。
「涙……」
「火鴉は、どんなに力の強い一族の者でも、扱い切れない。それが、『夜の一族』である限り――。だけど、伝説は、力で支配するものばかりじゃない」
――力で……。
その黄の言葉に、炎は、何かが脳裏を過るのを、感じていた。
夢――そう。あの日に見た、火鴉の夢。
「知……知っている……。俺も、この火鴉を覚えている……」
この火鴉は、あの夢に出て来た、傷ついた小鳥の姿をした、火鴉なのだ。傷を癒して助けてやりたかったのに、その前に、欲に膨れた男に殺されてしまった、あの――。いつの時代のものなのか判らない夢――。この時代からは、遥か遠い前世……。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる