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八夜 火鴉(かう)の禍矢(まがつや)

八夜 火鴉の禍矢 12

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「あなたはご存じないかもしれないが、黄は、全身に砂を纏って、自分の気配や匂いを消すことが出来る」
「何――!」
 さっきの声のない悲鳴は、ドアの前に立つ見張りが、気配も匂いもしない黄に、殺された時のものであったのだ。
 ゴオオオオ――っ、と凄まじい炎がうねりを上げた。それは、ドアの封印を焼き払い、瞬時にドアを灰と化した。
 それと同時に、新月の精霊のような少年が、姿を見せた。
《火鴉の禍矢》を手に立つ魔物――黄。
「ええい、放さぬか、炎! 諸共に死ぬ気ではあるまい!」
 黒帝は、腕に巻き付く炎の指を、その強き力で、振り払った。
 もちろん、今の炎の力では、それに抗えるはずも、ない。あっと言う間に、振り解かれる。
 だが、それでも、ドアの前に立つ少年には、充分すぎる時間があった。
 わずか一瞬の空白の隙に、黄は、《火鴉の禍矢》を射放っていた。
 表情一つ変えもせず、玉座で繋がり合う二人に、放ったのだ。
 ヒュン、と風が、音を立てた。
 漆黒の闇を纏う禍矢が、普通の矢ではあり得ないスピードで、炎の胸を、深々と貫く。
「ぐぅっ!」
「うあああ――っ!」
 後の叫びは、黒帝が上げたものであった。
 炎を貫いた禍矢は、そのまま、炎を膝に抱く黒帝の胸をも、貫いていたのだ。
 二人の体が、瞬時に、凄まじい炎に包み込まれる。
 肉の杭でも繋がり、一本の矢でも繋がるその姿は、禍禍しく燃え立つ炎の中で、黒い影のように、揺らめいて、見えた。
 断末魔のような叫びは、今もなお、続いている。
 ヒュン、と再び、何かが風を切って、駆け抜けた。
 杭――香木で出来た、小ぶりの杭である。
 それが、黒帝の胸に、突き立った。
「ぐああああ――――っ!」
 また、さっきよりも数段、悍ましい叫びが、火鴉の炎を揺るがした。
 だが、黒帝の前には、炎がいたのではなかったか。
 叫びが消え、炎の中から、黒い影が、消え失せた。そして、炎も、蒼く消えた。
 玉座の上には、わずかな灰だけが、残っている。
 黒帝の変わり果てた姿であった。
 そして、炎は――。



「これが、火鴉の力か……」
 炎は、自らの全身に漲る凄まじい炎気に、その手のひらを見ながら、呟いた。
 黄が杭を放つわずか前に、あの炎の中から抜け出していたのだ。
《火鴉の禍矢》を、その身の中に取り込んで――。そう。炎は、黒帝さえも我が物にすることが出来なかった《火鴉の禍矢》を、手に入れることが出来たのだ。己の力として。本来、『夜の一族』には、そぐわないはずの、その力を。
「君は覚えていないかも知れないけど、その火鴉は君のことを知っている。君に優しくしてもらったことも、君が自分のために、涙を零してくれたことも」
 黄が、言った。
「涙……」
「火鴉は、どんなに力の強い一族の者でも、扱い切れない。それが、『夜の一族』である限り――。だけど、伝説は、力で支配するものばかりじゃない」
 ――力で……。
 その黄の言葉に、炎は、何かが脳裏を過るのを、感じていた。
 夢――そう。あの日に見た、火鴉の夢。
「知……知っている……。俺も、この火鴉を覚えている……」
 この火鴉は、あの夢に出て来た、傷ついた小鳥の姿をした、火鴉なのだ。傷を癒して助けてやりたかったのに、その前に、欲に膨れた男に殺されてしまった、あの――。いつの時代のものなのか判らない夢――。この時代からは、遥か遠い前世……。


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