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七夜 空桑(くうそう)の実
七夜 空桑の実 22
しおりを挟む「無様なことようの、炎帝。笑止極まりない姿ではないか」
嘲笑うような口調で、黒帝が言った。
さっきの妖炎で、多少、ダメージは受けているものの、力はそう衰えていないらしい。もとより、炎帝の力が弱っていたせいで、炎の威力も小さかったのだ。
「しかし、黄帝にこのような子がいたとは、な。幼きはずだ。あれの体質を、ほぼ忠実に受け継いでいるようだが、よもや、《空桑の実》を使った訳ではあるまい?」
「黄帝があの実を使ったのなら、もっとマシな息子が生まれて来ていたさ……」
腹立ちを混える口調で、炎帝が言った。
舜は、キュっ、と唇を、噛み締めた。
「そう責めてやるな。まだ幼き子供ではないか。それに、これほど黄帝に近い者が生まれて来るなど、幸運としか言いようがない。この私にも、見分けがつかなかったのだからな」
「今ので見分けがついただろう? 黄帝なら、確実におまえを仕留めていた」
「フッ。それはどうかな。あれの考えなど、誰にも解らぬ。あれは、そういう子だった」
この二人は、どんな黄帝を知っている、というのだろうか。
今の舜には、それを考える心も残って、いなかった。ただ、情けなさだけが――自分に対する情けなさだけが、渦巻いていたのだ。
「さて。その子供が何も知らぬのなら、そなたに訊くしかあるまい、炎帝よ。――それとも、黄帝も生きているのか?」
黒帝が訊いた。
「さて。彼奴のことは、私にも解らぬ」
「その子供、そなたが育てている訳ではあるまい? それとも、黄帝を殺して、代わりにその子供を育てている、とでも言うか?」
「かも知れぬな」
「……。もう問いはせぬ」
ヒュン、と鱗鎖が、空を切った。
「退け――!」
「あぅっ!」
炎帝の繊手に弾き飛ばされ、舜は、空間の片隅へと、吹き飛ばされた。
キン、と高い音を立て、舜がいた部分の黒曜石の床が、千々に砕けて、塵と化した。
「え……?」
舜は、その光景を見て、目を瞠った。
もし、舜がその場にいれば、千々に砕けていたのは、舜の方であったのだ。
「私の邪魔になる位置に立つな、と言ったはずだ! ――役に立たぬのなら、転がっていろ」
ゴオっ、と炎が、炎帝を包んだ。
黒帝の鱗鎖が、その炎に触れて、キン、と弾ける。
弾けたのだ。黒龍の鱗のように堅い、その鎖が。
「……炎のシールド?」
いや、違う――舜は、すぐにその考えに、首を振った。今の炎帝に、黒帝の鱗鎖を弾くほどの力が残っているはずもないのだ。残っているのなら、さっきのような不意をつく攻撃で、黒帝を襲う必要も、ない。
キラキラと、炎の中に、ガラスの破片のようなものが、混じっている。
「砂……?」
それは、確かに砂であった。砂が、高温の炎で熱されたために、ガラスのような――いや、ダイヤモンドのような硬度の石に、変化しているのだ。
その昔、ダイヤモンドが、どうして生まれたのかを知れば、その変化は容易に知り得たであろう。
ダイヤモンドは必ず、火山の火口付近で見つかっているのだから。
だが、一体、誰が――。
黄帝が、炎帝と黒帝の戦いに、今さら介入するはずなど、ない。そんなことをする青年ではないのだ、あの美神は。
それなら――。
「大丈夫でございますか、炎帝様?」
女の声が、耳に届いた。
「ああ……。この私が、このような無様な戦いをせねばならぬとは、な」
「防御は、私が――。一〇分と持ちますまいが」
稀代の美姫、貴妃――。彼女が、その美しい透輝石を、操っているのだ。炎帝の邪魔をしないよう、炎帝が炎気を纏うのを見て、咄嗟に。
これが、互いの力を生かし合う、という戦い方なのだろう。
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