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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 25

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「お願いします。あの、それと、舜もここに――いえ、別の空間にいるんです。ぼくは後でいいですから、先に舜をお願いします」
 どこまでも健気な青年である。舜なら――いや、あの少年なら、そもそも、黄帝に助けてくれ、とは言わないだろう。そんなことを言うくらいなら、自分の心臓に香木の杭を突き立てて、自殺してしまった方がマシ、という少年なのだ。
「あのですね、デューイさん。舜くんは、私の力を借りたがらないと思うのですよ」
 黄帝の方も、息子の心は、理解している。――いや、単なるイヤガラセかも、知れない。何しろ、この青年――いや、一々過去を穿ほじくり返すことは、やめよう。
「それに、あの子のいる空間は、こことは二重世界になっているのです」
「二重世界……?」
 デューイには、何のことやら、解らない。
「たとえば、ですね。たまごがあるでしょう? たまごの殻が、人間界と、この世界を隔てている壁だとすれば、私は、そのたまごの殻を破って、この世界に入って来ている、ということになるのです。実際には、今の私は幻影ですから、破ってはいないのですが」
「は、はあ……」
「それで、あなたと私がいるこの世界は、たまごの白身の世界、ということになります。そして、舜くんは、そのたまごの白身が包む、黄身の世界にいるのですよ」
 そこまで聞いても、何のことだか、解らない。
「えーと、ですね。つまり――。ああ、こう考えましょう。何故、鵲が、この河にわざわざ橋を架けたがっているのか、ということを――。あの鵲は、空間を破って、人間界と白身の世界を自由に行き来できる訳ですから、同じように考えれば、黄身の世界にも行けるはずなのです」
「はい」
 それなら、解る。
「なのに、鵲はそれをせず、橋を架けようしている。――この答えは、簡単です。橋がなければ、二重世界たる黄身の世界には、行けないからです」
 黄帝は言った。
「それじゃあ、舜は……」
 さすがに、デューイにも、黄帝の言わんとしていることが、理解できた。黄帝は、橋を架けない限り、舜を連れ出すことは出来ない、と言っているのだ。
「残念ですが、仕方ありませんねぇ……。私も、息子を失くすのは辛いのですが、諦めるより外、ないでしょう」
 この父親、ちょっと諦めが良すぎるのではないだろうか。
「ですが、舜は黄身の世界に行けました。入る方法はあるはずなんです!」
 おや、この青年にしては、鋭いところをついて来るではないか。これも、愛の深さ所以であろうか。
「うーん……。あなたの言うことも、解らないではないのですがねぇ……」
 黄帝は、また美しい面貌を歪めて唸り、
「ほら、私は一人で入って来ているでしょう? そして、あなたと舜くん、牽牛と織女は、二人で入って来ているでしょう? ですから、二重世界が成り立って、片方が黄身の世界に入ることが出来ているのですよ」
「……」
 もう言葉も、見つからない。
 この世界は、絶望的な仕組みになっているのだ。
「もちろん、あなたが橋を架けるのなら、舜くんにいつでも逢えますし、問題もないのですが――。橋には材料が必要でしょう?」
「……年若い少年、ですか?」
「うーん……。あの時、天帝は、何と言っていたでしょうかねぇ……。ほら、この世界を創ったのは、天帝なのですよ。私も、もう何千年も逢っていないのですが……。ああ、そうそう。確か、こう言っていたのではないでしょうか。彼はロマンティストでしたから、〃愛の深さ所以に犯す罪を、私は醜いとは思わないだろう。もし、罪を犯すことを恐れず、己の命をも厭わず、それでも愛を貫こうとするなら、まず最初に、他人を犠牲にするがよい〃」
「そんな! 他人を犠牲にするなんて――」
 デューイは、黄帝の言葉に――いや、天帝の言葉に、身を乗り出した。
 しかし、黄帝は、表情一つ変えず、
「まだ続きがあるのですよ」
 と、言葉を続けた。


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