163 / 533
六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 25
しおりを挟む「お願いします。あの、それと、舜もここに――いえ、別の空間にいるんです。ぼくは後でいいですから、先に舜をお願いします」
どこまでも健気な青年である。舜なら――いや、あの少年なら、そもそも、黄帝に助けてくれ、とは言わないだろう。そんなことを言うくらいなら、自分の心臓に香木の杭を突き立てて、自殺してしまった方がマシ、という少年なのだ。
「あのですね、デューイさん。舜くんは、私の力を借りたがらないと思うのですよ」
黄帝の方も、息子の心は、理解している。――いや、単なるイヤガラセかも、知れない。何しろ、この青年――いや、一々過去を穿り返すことは、やめよう。
「それに、あの子のいる空間は、こことは二重世界になっているのです」
「二重世界……?」
デューイには、何のことやら、解らない。
「たとえば、ですね。たまごがあるでしょう? たまごの殻が、人間界と、この世界を隔てている壁だとすれば、私は、そのたまごの殻を破って、この世界に入って来ている、ということになるのです。実際には、今の私は幻影ですから、破ってはいないのですが」
「は、はあ……」
「それで、あなたと私がいるこの世界は、たまごの白身の世界、ということになります。そして、舜くんは、そのたまごの白身が包む、黄身の世界にいるのですよ」
そこまで聞いても、何のことだか、解らない。
「えーと、ですね。つまり――。ああ、こう考えましょう。何故、鵲が、この河にわざわざ橋を架けたがっているのか、ということを――。あの鵲は、空間を破って、人間界と白身の世界を自由に行き来できる訳ですから、同じように考えれば、黄身の世界にも行けるはずなのです」
「はい」
それなら、解る。
「なのに、鵲はそれをせず、橋を架けようしている。――この答えは、簡単です。橋がなければ、二重世界たる黄身の世界には、行けないからです」
黄帝は言った。
「それじゃあ、舜は……」
さすがに、デューイにも、黄帝の言わんとしていることが、理解できた。黄帝は、橋を架けない限り、舜を連れ出すことは出来ない、と言っているのだ。
「残念ですが、仕方ありませんねぇ……。私も、息子を失くすのは辛いのですが、諦めるより外、ないでしょう」
この父親、ちょっと諦めが良すぎるのではないだろうか。
「ですが、舜は黄身の世界に行けました。入る方法はあるはずなんです!」
おや、この青年にしては、鋭いところをついて来るではないか。これも、愛の深さ所以であろうか。
「うーん……。あなたの言うことも、解らないではないのですがねぇ……」
黄帝は、また美しい面貌を歪めて唸り、
「ほら、私は一人で入って来ているでしょう? そして、あなたと舜くん、牽牛と織女は、二人で入って来ているでしょう? ですから、二重世界が成り立って、片方が黄身の世界に入ることが出来ているのですよ」
「……」
もう言葉も、見つからない。
この世界は、絶望的な仕組みになっているのだ。
「もちろん、あなたが橋を架けるのなら、舜くんにいつでも逢えますし、問題もないのですが――。橋には材料が必要でしょう?」
「……年若い少年、ですか?」
「うーん……。あの時、天帝は、何と言っていたでしょうかねぇ……。ほら、この世界を創ったのは、天帝なのですよ。私も、もう何千年も逢っていないのですが……。ああ、そうそう。確か、こう言っていたのではないでしょうか。彼はロマンティストでしたから、〃愛の深さ所以に犯す罪を、私は醜いとは思わないだろう。もし、罪を犯すことを恐れず、己の命をも厭わず、それでも愛を貫こうとするなら、まず最初に、他人を犠牲にするがよい〃」
「そんな! 他人を犠牲にするなんて――」
デューイは、黄帝の言葉に――いや、天帝の言葉に、身を乗り出した。
しかし、黄帝は、表情一つ変えず、
「まだ続きがあるのですよ」
と、言葉を続けた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる