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六夜 鵲(チュエ)の橋
六夜 鵲の橋 17
しおりを挟む「牽牛と織女の伝説です」
小鋭が言った。
「天帝の怒りによって、天河の東岸と西岸に引き裂かれ、一年に一度だけ逢うことを許されている二人の……」
小鋭の話は、こうであった。
その昔、天上に流れる天の河の東の地に、織女という、美しい娘が住んでいた。
彼女は、天上世界を統べる天帝の娘で、機を織るのを仕事にしていたが、明けても暮れても休みなく杼を操るその姿を見て、哀れに思った天帝が、河の西に住んでいる牛飼いの若者、牽牛と妻合わせ、二人を一緒に暮らさせることにした。
だが、すっかり牽牛に夢中になり、機を織ることを忘れてしまった織女は、天帝の怒りを受け、河の東に連れ戻されてしまう。
そして、それからは、年に一度だけ逢うことを許され、その年に一度の逢瀬さえも、雨の日には適わないこととなってしまった。
「――その織女を哀れに思い、雨の日に自らの翼を広げて、彼女を河の向こうに渡してやる橋となったのが、鵲である、と伝えられています」
小鋭は言った。
日本でいうところの、《おりひめ》と《ひこぼし》の七夕伝説である。
「あーっ、それなら知ってる」
舜は言った。
この少年、そんな伝説の世界に入り込んでしまったことへの驚きは、ないらしい。もし、その伝説の世界があそこであったのだとすれば、それは、とても凄いことだと思うのだが。
「――でも、あそこは誓って、宇宙なんかじゃなかったぜ。強いて言うなら、異空間的な……この世界とは、別の次元で存在しているような場所だった。オレ以外の人間は、あそこでは意識を保てないみたいだったし」
以外によく観察している。まあ、数時間も、話相手もなく、あんなところに放っておかれていたのだから、他にすることもなかったのだろうが。
「異空間なんて、凄いなぁ……。ぼくも行ってみたかった」
デューイが言った。
この青年の言うことは、無視していただいていい。舜が戻って来た今、もう、不思議な世界のことへの興味しか、残っていないのである。
「あなたはどうやって、その世界から抜け出して来られたのですか、ミスター.舜? いえ、そこへはどうすれば行けるのでしょうか?」
ただ一人、真摯な口調で、小鋭が言った。
「どうすれば、ったって……行った時も、戻った時も、オレの意志じゃないし――。あんた、妖術師なら、そういう空間の歪みとかを見つけ出せたりするんじゃないのか?」
丸っきりの人任せで、舜は言った。
「私には、それほどの力は……。我が祖は、偉大なる呪術師であったと伝わっていますが、今の我々が現実に行っていることといえば、精神を高める修行と、集中力を養い、己を心身共に鍛えることくらいで――。大哥や哥哥方なら、人外の地にも多少は関与できると思いますが、その力でも未だ、少年たちの行方は掴めず……」
「ふーん。――じゃあ、これをあげるからさ」
そう言って、舜が開いた手のひらには、一握りの砂が、収まっていた。
「それは……」
「あの世界じゃ、きれいに光ってたんだけど、こっちじゃ、そうはならないらしい。――伝説通りに言うなら、天河の一部だよ」
やはり、転んでもただでは起きないのだ、この少年。しっかりと、そんなものを持ち帰っている。
「大哥や哥哥の力なら、これがあれば、その異空間にも関与できるかも知れないだろ? 一回、試してみればいい」
「あ……ありがとうございます!」
もう小鋭は、完全に、舜を救世主のように、崇めている。
「あ、あの、舜、ぼくにも記念に少し……」
何の記念だか、デューイが言った。
「やだ」
冷たい、というか、幼児性思考丸だしの少年である。
しゅん、とするデューイに、
「あの、よければ、少し……」
小鋭が、気遣うように、舜にもらった砂の一部を、差し出した。もちろん、小鋭にしてみれば、不思議な力を持つデューイにも、その異空間の事を調べてもらいたいがため、である。
そして、デューイが、そんな小鋭の胸の内など露知らず、素直に砂を受け取ったことは、言うまでもない。
何しろ、デューイは、小鋭が思っているような神ではなく、ただの吸血鬼なのだから。
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