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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 11

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 デューイは、パッ、と小鋭の方を振り返り、
「何か知っているんですか! 何か――舜を捜す手掛かりを?」
 と、小鋭の前に、詰め寄った。
「ひっ」
 と、声を上げたのは、小鋭であった。
 肩に触れたデューイの手の、あまりの冷たさ所以である。
 上着を通しての接触だというのに、その手は、まるで、肌に直接氷を押し付けられたような、あり得ない感触だったのだ。
「あ……あなたは……一体……」
「教えてください! 何か知っているんでしょう?」
 デューイは、そんなことなど気にも留めずに、さらに小鋭に詰め寄った。
「は、はっ、申し訳ありませんでしたっ」
 小鋭は、デューイを神の如く畏まり、
「実は、私がチャイナ・タウンの外に出て捜してみよう、と思ったのは、もしかすると、チャイナ・タウンの中に、少年たちを攫っている人物がいるのではないか、と思ったからで……。そんな中で捜していては、いつまでも埒が明かないのでは、と――」
「では、舜は、チャイナ・タウンの何処かに監禁されているんですか?」
「そ、それはまだ――」
「行きましょう」
 言うなり、デューイは、アクセルを踏んだ。
 ポルシェが、小気味よい音を立てて、滑り出す。
「ア……アメリカの神は……ポルシェに乗るのか……」
 それは、小鋭の呟きであった。
 ちなみに、この西海岸では、頭の禿げた中年男でも、ポルシェに乗っている。
 サンフランシスコは、メンバーズ・オンリーのバーやクラブ、レストランの数が、他の都市に比べて、人口比にして多いというが、他にも――この高級車ポルシェや、自家用飛行機、オーディオ、パソコン、ガール・フレンド、離婚……と、他の地方より抜きん出て多いものを、いくつも持っている。
 その抜きん出ているものが、全て金のかかるものである、というから――ガール・フレンドも離婚も、金がかかる――そういうものをたくさん持っているデューイの家庭は、典型的な、シスコそのものの家庭、ということになる。
 自家用飛行機は、『おじいちゃま』の形見のものがあり――いや、あるのだが、デューイは飛行機恐怖症なので、それには乗れない。――いや、はっきりと言おう。その『おじいちゃま』のせいで、デューイは飛行機恐怖症となったのである。
 お陰で、このサンフランシスコに戻って来る時も命懸けで、舜には散々、飛行機の中で馬鹿にされ――まあ、そんなことは、どうでもいい。
「あの、ミスター.マクレー――。こんな時間に、このポルシェでチャイナ・タウンに乗り付けるのは、目立つかと……」
 小鋭が言った。
 何しろそこは、このアメリカの中の異国、なのだ。
「だけど、舜は――」
「私も静を助けたいのです。チャイナ・タウンは、あなたが思っておられる以上に、敏感な街です。どんな情報でもあっと言う間に伝わり、全てが息を顰めます。――どうか、考え直してください」
 真摯な口調で、小鋭は言った。
「……すみませんでした、ミスター.巫」
 デューイは、ポルシェのスピードを落として、脇で止めた。
「どうか、私のような者に、お謝りにならないでください、ミスター.マクレー」
「でも、ぼくは――」
「あなたがご身分をお隠しになるのなら、私も何も訊かず、あなたが名乗られたお名前で、お呼びすることでしょう。――ですが、どうか、私のような者に頭を下げることだけは、おやめください。畏れ多くて、夜も眠れなくなってしまいます」
「は、はあ……」
 何か大きな誤解が生じているようではあったが、夜も眠れなくなるのでは可哀想な気もするので、デューイはその言葉に、うなずいた。
 ちなみに、デューイは『夜の一族』なので、夜は眠らない。
 人は、自分たちと、たった一つでも違う点がある人間を見つければ、それだけで、神という存在を信じてしまえるものなのだろう。
 もちろん、デューイも神の存在を信じている。黄帝が、デューイにとっての神である。
 舜に言わせると、極悪非道の悪魔らしいが。
「それで、ここからどうすれば?」
 デューイは訊いた。


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