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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 4

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《愛しい息子、デューイへ》
 便箋は、その文句から、始まっていた。
 やはり、今日着く、という手紙は、ちゃんと家族の元に届いていたのだ。それでいて、家族の姿は、どこにも、ない。
 デューイは、先を読むのが怖いような思いで――それでも、舜に読んでもらうと、もっと怖いことを言われそうなので、意を決するように、自分でその先を読み始めた。

《愛しい息子、デューイへ》
 いや、ここはもう読んだ。
《パパも、ママも、おばあちゃまも、ジョイも、シルヴィアも、今、フィンランドにいます》
「フィンランド……?」
 デューイは、その文面を読んで、困惑した。
 まさか、フィンランドで一家心中、ということもないだろうが。
《ごめんなさいね》
 いきなり、謝られると、ドキ、っとする。
《あなたからの手紙は届いたのだけれど、連絡先も何も書いてなかったから、あなたに知らせることが出来なかったの》
 まあ、そう言われると、デューイも、言いようがない。
 しかし、あの山奥の住所など、手紙に書けるはずもないではないか。
 人里慣れた秘境の地で、辺りには、数十の奇峰が不気味に聳え、神秘的な雲海の中に埋もれる奇峰の最高峰に――人も通わぬ辺境の地に、隠れるようにして暮らしているのだから。
 そもそも、あんなところに住所があるのかどうか。それすらも、定かでは、ない。もし、住所があったとしても、それを手紙に書いて、届くかどうか――普通の人間が、出入り出来るような場所ではないのだ。電話など、もちろんなく、毎月出している手紙も、月に一度、黄帝が街まで行ったついでに、出して来てくれているものである。
 手紙はまだ、続いていた。
《今夏の旅行(バカンス)は、もうずっと前から、楽しみにしていたものなのよ。ホテルも何もかも予約して、キャンセルする訳にも行かないでしょう?―― ほら、あちらのお友だちとも逢う約束をしているから、断ったりすると、ご迷惑をかけてしまうし――。二週間で戻るから、お留守番をお願いね》
「留守番……? 家族はバカンスで、久しぶりに帰国したぼくは、留守番……?」
 デューイの目の前は、もう真っ暗である。
《使用人にも、みんな、休暇をあげたのよ。――でも、セキュリティは新しいのに変えたから、安心してちょうだい。夜になると、自動的に明かりが点いて、旅行中だと判らないようになっているから、空き巣に狙われたりすることはないと思うの。留守の間、管理人を雇うより、ずっと合理的でしょう? 今の機械って、本当に賢いのよ。ママなんて、まだ使い方が解らなくて、いつもジョイにやってもらっているの。――じゃあ、後はお願いね。それと、あなたの中国でのお友だちによろしく。ちゃんと謝っておいてちょうだい。愛してるわ、デューイ。――ママより》
 手紙は、それだけで終わっていた。
 デューイは、ぐったり、と肩を落とし、
「だから、女なんて嫌いなんだ……」
 と、ますます同性愛に拍車をかける言葉を、口にした。
 舜は一応、ポンポン、と慰めるように、肩を叩き、理解を示すような仕草を、見せた。
 心の中では、どう思っていたかは解らないが。
「ありがと……」
 と、デューイは素直に、礼を言った。
 その少年に慰められることが、彼には何よりの励みとなるのである。
「それで、そのジョイとシルヴィア、って、誰?」
 興味津々の眼差しで、舜は訊いた。
 この年頃の少年の興味、といえば、女性である。
「ん、ああ、ぼくの姉だよ。二人とも、揃いも揃って離婚して、実家で悠々自適の生活を送って……」
「へぇ。大人の女か。――美人?」
 この少年、やはり、デューイを慰めるつもりなど、なかったのかも、知れない。どう見ても、早く話を聞きたいだけの様子で、ある。
「自分では美人だと思ってるさ。女は、自分をブスだとは思ったりしないんだからな。君の方が、よっぽど美人だよ」
 デューイは、真摯な眼差しで、舜を見つめた。
 ちょっと、危ない――いや、アブナイ。
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