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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 15

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「郊外とはいえ、こんなところに、一〇〇匹近い狼が、まとめて出て来ると思うか?」
「それは……」
「何が狼になるのか、教えてやっただろ。リジアからその話を聞いた翌日にこれ、っていうのは、ちょっと出来過ぎだ」
 普通の狼が、これほどの集団で人を――吸血鬼を襲うなど、あり得ないのだ。
「さあて」
 舜は、馬から飛び降り、右手をわずかに持ち上げた。
 狼たちが少し退き、それでも唸るのをやめずに、またジリジリと前進する。
 彼らにも解っているのかも、知れない。その少年の力が、どれほどのものであるのか。
 タン、と後ろで、音がした。
「え?」
 と、舜が振り返ると、そこには――。
「何で、あんたまで馬を降りるんだよっ。逃げろ、って言っただろ」
 そこには、馬から降りたデューイが、いた。
「あ……。君が降りるものだから、つい――」
「ついじゃねーよっ!」
 本当に、天然ボケの青年である。
 舜が重い頭を抱えていたことは、言うまでもない。
 この青年と、あの父親と、これからも一緒に暮らしていかなくてはならないのかと思うと、頭がおかしくなってしまう。
 そんな二人のやり取りの隙に、狼たちが、タッ、と一斉に地面を、蹴った。
「舜! 前――」
「解ってるさ」
 舜は、風のような動きで翻り、白い繊手を前に翳した。
 狼たちが牙を剥き、赤眼を閃かせながら、襲いかかる。狂っている――ようには見えない、哀しい瞳だ。
「……解ってるさ。ちゃんと安らかに眠らせてやるよ」
 パァ、っと、舜が翳した手のひらから、凄まじい気が炸裂した。
 気功――受けた者の身を、内側から凍りつかせて行く、魔氷の気功である。
 ギャアアア――っ、と狼たちが、獣のようでもあるし、人間のようでもある声を、上げた。
 人狼ひとおおかみなのだ。
 彼らは、ある一定の期間だけ、狼に変身するとも云われているし、東西スラヴでは、ある期間、狼に変身できる呪術師、もしくは、呪術師によって狼に変えられた人間がいる、と伝えられている。
 そして、人狼は、死後もその肉体が滅びず、吸血鬼になる、とも――。
 そんな彼らの痛みが、苦しみが、死の刹那に伝わってくる。
「何で、こんな役をオレに回すんだよ、黄帝! あんたが自分でやればいいじゃないか!」
 舜は、襲い来る狼たちを倒しながら、叫ぶようにして、喉を開いた。
 その瞳には、光るものが、浮かんで、いる。
「……舜?」
 デューイが、戸惑うように、声をかけた。
「オレは……地下でミイラを見た時から、こいつらが死にたがってる、って解ってたけど……殺せなくて……卑怯なことを考えたんだ……。こいつらが襲い掛かって来るのなら……オレは、もっと楽な気分で殺せる、って……」
「舜……」
「なのに、ちっとも楽じゃないじゃないかよ!」
 舜は、カッ、と赤光を閃かせ、神秘的な黒瞳を、血塗られた色に、染め変えた。
 繊手を飾る爪が、長く伸び、襲い来る狼たちの首を、剱り落とす。
 鮮血が飛び、その度に悲鳴を上げて、狼たちが――人狼たちが、地面に落ちた。
 また、彼らの苦しみが、伝わって、来る。
 また、彼らの痛みが、伝わって、来る。
 生きていた時の苦しみも、死んで逝く時の苦しみも。
 もう何十匹、そうして地面に横たわっているだろうか。
 彼らもまた、死に切れないままに、苦しみ続けて来た生き物なのだ。自らが望んでいないにも拘わらず、体が勝手に目醒めて変身し、人間の肉を、喰らってしまう。そんな哀しい宿命を背負って、生きて来たのだ。――いや、死に切れずにいた。
 目を開けば、彼らの表情が見えるのだ。
 哀しげで、苦しげな赤眼が。
 耳を澄ませば、彼らの声が聞こえるのだ。
 まだ、こんな姿で生きなくてはならないのか、と。
 ヒュン、と舜の背後で、風を剱るような音が、駆け抜けた。
 見れば、デューイが、乗馬用の鞭を片手に、襲い来る狼たちの首を、斬り落としている。
「デューイ……?」
「ぼくは、吸血鬼になって、初めて人を殺してしまった時、とてもショックだった……。いくら、死にたがっていた人間とはいえ……。でも、今は、黄帝様が何故、人間を襲う一族の者を、冷静に殺されるのか、解ったような気がする。――それを受け入れられるか否かは、別だけど」
 人間を襲うほどに苦しんでいるのなら、殺してやった方がいいのだ。
《夜の一族》の、喉の渇きと飢え、体を絶え間なく襲う悪寒が、どれほど苦しいものであるかは、舜もデューイも、充分過ぎるほど知っているのだから。
 それを我慢できない者が、人間を襲うことになってしまう。
 もちろん、喉の渇きが癒されるのは、人間の血を吸っている時だけで、その後はまた、恐ろしいほどの渇きが、襲う。そんな中で、死に切れないままに生きていくよりは、殺してやった方が、ずっといいのだ。
 もちろん、まだ子供である舜や、ついこの間まで人間であったデューイには、それは、重過ぎる役目でしかないのだが……。
 やがて、一〇〇匹近い人狼の群れは、全て地面に横たわり、辺りを赤く、染め変えた。
「……彼らが生き返る前に、香木の支度だ、デューイ。彼らを吸血鬼には、させない」



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