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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 13

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 ここに何がある、というのだろうか。
 建物はいくつかあるようだが、敷地自体が広いために、ここからでは全てを見渡せない。
「舜……何か、気分が悪くて、体が熱いんだけど……」
 弱々しい声で、デューイが言った。
「オレ、何ともないぜ」
 見れば判る。
 だが、少し胸がムカついていたことは、確かであった。それが、イリアの行為によるためのものなのか、による影響のためなのかは、判らないが。
「ちょっと休ませてくれないか……」
「諦めるんだな」
 冷たい言葉である。
「舜……」
「森にいる時は何ともなかったんだから、ここに気分の悪くなるものがあるに決まってるんだ。休んだって善くなるもんか。早くここを出るんだ」
 上を見ずに、とは、舜は言わなかった。そんなことを言って、デューイが反射的に上を向いてしまったら、大変である。何しろ、あらゆる建造物の上に、黄金色の十字架が輝いていたのだから。それも、数十を数える十字架が。
 ここが、吸血鬼とはそぐわない場所であることは、容易に知れた。
 もちろん、中国で生まれ育った舜には、そういう信仰はないので大丈夫なはずなのだが、複雑な系図の中には、ヨーロッパの血も混じっているために、わずかに反応が出てしまうらしい。
 そして、デューイには、わずかどころでは、ない。
 もし黄帝から、口を閉じて、という言葉を聞いていなければ、舜は、うっかりと十字架のことを口にして、デューイを十字架とご体面させていたかも、知れない。もちろん、太陽の光のない今、死ぬようなことはないと思うが……ここが聖域である限り、油断は出来ない。
 人の匂いがするのも、ここが修道院で、修道僧が大勢いるからなのだ。
「クソォ……。あのボケおやじ、やっぱり、オレたちがここへ連れて来られることを知ってたんだな」
 出口へと戻りながら、舜は腹立たしさを込めて、悪態づいた。
 この場所は、死に満ちている。
 ――聞こえる。
「先に出てろよ。オレ、ちょっと確かめたいことがあるから」
 塀に挟まれた石畳を辿り、門の前まで来て、舜は言った。
「え? 舜――」
「ミイラを見たいんなら、ついて来てもいいぜ」
「え……?」
 戸惑うデューイを尻目に、舜は馬を降りて、丘の下層の、門のすぐ脇にある、地下への洞窟を下り始めた。
 死の匂いのする、心地よい空間である。冷やりとする空気や、カビ臭い匂い。そして……。
 地下には、この修道院の墓地があった。鍵はしっかりと掛けられていたが、中の気配を探るのに、扉を開けてみる必要は、舜にはなかった。
「確かに聞こえるよ、黄帝……。あの獣もきっと、ぼくに、このことを言うために来てたんだ……」




 ドニエプル川を見下ろす丘の公園にある、大修道院ラブラ、ペチェルスカヤ大修道院には、ローマのカタコンベに匹敵する地下墓地があり、約一〇〇体のミイラが安置されている、という。
 修道院自体がかなり広く、ウスペンスキー寺院を中心とした、上の修道院と、地下墓地を擁した、下の修道院があり、その期限は古く、十一世紀まで溯る。
 洞窟に住み着いて修道生活を送っていた二人の修道僧、アントニーとテオドシスが、やがて――一〇五一年に、その洞窟ペチェルの上に寺院を造り、それが、このペチェルスカヤ大修道院の起こりとなったのだ。



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