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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)

五夜 木乃伊の洞窟 10

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「あ、あの、舜。他には、レディ.リジアとどんな話を……」
 デューイは訊いた。
 一応、見合いの相手なのだから、ロマンティックな話もしているはずである。
「んー……。キエフの郊外にある修道院の話をしてたかなぁ」
「修道院?」
 意外な場所である。
「ああ。その修道院の地下の洞窟には、一〇〇体近いミイラがあるんだってさ」
 この時、デューイが、問い返してしまったことを後悔したことは、言うまでもない。
「それに、酷寒のスラヴ北部じゃ、土葬にした死体が寒さで腐らないこともあって、そういう死体が、ある日、突然、目を醒まして――」
「うわああっ!」
 デューイは頭を抱えて、蹲った。
 何かと、怖いものの多い青年である。――いや、目の前にいる少年が、怖いものがなさ過ぎるのかも、知れない。
「そんなに怖かった?」
 やはり、怖がらせるために言っていたようである。
 だが、デューイは――。
「ま……窓……。カーテンの隙間から……何かが……」
「へ?」
「赤い……赤い眼の……」
 そのデューイの言葉に、舜は、窓の方へと視線を向けた。
 カーテンの隙間には、もう何も映っては、いない。
 しかし、舜の面は、わずかに厳しいものに変わっていた。
 そういう顔をすると、まさに、人外の麗人である。
「……やっぱり、目当ては、オレか」
「――舜?」
「あのボケおやじ……。目を開いて、耳を澄ませ、ったって、そんな時間もないじゃないか」
 ボケおやじ、とは、もちろん、黄帝のことである。
 あまりに長く生きて来たために、自分の人格も判らないほどにボケているのだ、と舜は堅く信じているのだ。
「あ、あの、舜、今日はここで寝させて――」
「さあっ、寝よ。――ほら、もう出て行けよ。怖けりゃ、黄帝のとこに行けばいいだろ。あいつは、男でも女でも食うんだから」
「舜――」
「オレといたら、もっと怖い目に遭うかも知れないぜ」
「え……?」
「何しろ、復活した死者に、目をつけられちゃったみたいだからな……」
 死者の霊魂は、狼となって、復活する……。




 翌夜は曇って月は見えなかったが、雨も降らず、遠出にはそう悪い天気ではなかった。
 もちろん目一杯に寒かったが、この程度で寒いと言っていては、冬のロシアに訪れることなど出来ないだろう。
 空気は、リン、というより、キン、と張り詰め、夜に出歩く人々を、より一層、神秘的に、映している。
 そして馬は、夜の住人たる四人を振り落とすこともなく、白い息を吐きながら、優雅な足並みを披露していた。
 何より驚いたのは、デューイの見事な手綱捌きである。聞くところによると、学生時代は、乗馬で優勝したこともあるほどの腕前らしい。人間としてのレベルでは、かなりのものなのだ、この青年。
 もちろん、舜が動物の扱いに長けていたことは、言うまでもない。
「お二人とも、とても素敵だわ」
 と、リジアにも褒められたものだから、舜もまんざらではない。
 二人、というのが少し気になるが。
 こういうのを、嫉妬、というのかも知れない。
 イリアは、黙ってついて来ていた。昨日のように、舜を睨みつけたりするようなことはないが、ずっと無視していることは、昨日のままである。
 まあ、それ以外は、問題もなく過ぎていた。


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