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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)

四夜 燭陰の玉 15

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 朱い――。
 朱い世界であった。
 血のようにどろどろと流れる熱き川が、龍のうねりを形造り、地中深くを、這っている。
 時には、侵入者を捕らえようとするかのように、手を伸ばし、赤い鱗を、逆立てる。
 その中、二人の麗人は、岩石が開く道を、歩いていた。
 岩石が――。
 道を開いているのだ。
 サラサラと砂の城が崩れるように、美しき魔物を通すために。
 地下数十キロ、摂氏一〇〇〇度内外の岩漿(マグマ)がうねる、その場所で。
 岩漿の明るさからして、ガラス質や、長石類などを多く含んでいるのだろう。
 粘性の大きな、酸性マグマである。
 この手のマグマは、揮発成分が分離しにくく――ガスがマグマ内部に欝積するため、極度の爆発を起こす。
 その火の川を横に折れ、岩石が開く道をしばらく行くと、不意に、前を行く黄帝が、足を止めた。
 目の前はまだ、岩である。
「着いたか」
 炎帝が、正面の岩を見据えて、低く言った。
「脇へ下がった方がいい」
 その言葉に、何故とも問わず炎帝が下がると、再び、目の前の岩石がサラサラと崩れ、人一人、やっと通れるほどの隙間が出来た。
 眩しい光が差し込んだのは、その時であった。
「く……っ」
 脇へ退いていたため、その光をまともに喰らうことはなかったが、それでも、そのあまりの光量に、炎帝は黒き双眸の前に手を翳した。
「これは……」
「《燭陰の玉》――日夜四季を司る太陽そのものの光だ。我らが一族には、そぐわぬ」
 黄帝は、衣の中から、赤く焼け爛れた右腕を見せ、その傷の意味を淡々と告げた。
 浴びたのだ。先に訪れた時、彼は、その凄まじい玉の光を。
 咄嗟に黄土で防御したものの、前に翳した腕を焼かれることだけは、避けられなかったのだろう。
「癒せぬのか?」
 炎帝は訊いた。
「かなりの時間が必要だろう」
 どんな傷でも、あっと言う間に治せる力を持っていても、玉の光で負った傷だけは、澄んだ太陽の光を浴びた時と同様、すぐに癒すことは出来ないのだ。
「厄介な玉らしいな。――ここは、どの部分だ?」
 炎帝は訊いた。
「あの少年の言葉を借りると、『龍の手がつかむ玉』……龍のようにうねる岩漿を横に入り、手の位置まで来た場所だ」
 もし、上空から、この地中を見ることが出来たなら、彼らが立っている場所が、まさしく、玉を握る龍の手の部分であることが、判っただろう。
「私は、最後まであの少年の話を聞くことが出来なかったが、まだ何か言っていなかったか?」
 眼が光に慣れるのを待つ時間、炎帝が、明如に噛み付かれて聞き損なった部分を、問いかけた。
「〃龍が玉を手放す時、太陽の国は滅びるだろう〃」
 黄帝は言った。
「それだけか?」
「……今さら、私とそなたの運命を問うのか、炎帝よ」
「そうだな。何度聞いても変わらぬ言葉だ。――行くか」
 本気で行く、というのだろうか、その二人は。
 わずかに浴びただけで、肌を焼け焦がす光の源へ。
 サラサラと、霧のように細かい砂が、舞い上がった。
 薄いヴェールのようなその砂塵が、二人の体を包み込む。
 二人――。
 彼らは、これから戦おうとしている、敵同士ではなかったのか。
 それでも、玉のためには手を組む、というのだろうか。今までそうして来たように。
 それとも、敵としてではなく、何の理由もない戦いを始めようとしている、というのだろうか。
 その砂の護りを解けば――黄帝が炎帝の護りだけを解いてしまえば、容易く炎帝を倒してしまうことが出来る、というのに。
 炎帝は、黄帝が操る砂塵の守護がなければ、瞬時に焼き尽くされてしまうはずなのだ。 にも拘わらず――。
 信頼している、というのだろうか、炎帝は、その月の如き玲瓏な青年を。
 それとも、彼らは、そんなレベルの魔物ではない、というのだろうか。


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