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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)
四夜 燭陰の玉 12
しおりを挟む魔物たちの襲撃で、廃墟と化した呪術師の村に、旅人が迷い込んで来たのは、それから数日後のことであった。
今まで一度として迷ったことのない山道で迷い、いつまで経っても山を下りることが適わず、やっと辿りついたのが、その崩壊した村であったのだ。
そして、旅人は、血塗れで放りおかれている、産まれたばかりの赤子を、見つけた。
だが、その赤子の服を濡らしている血は、赤子が流したものではなく、殺された村人たちの血が飛んで、赤く染まったものであった。
血は、赤子の顔にも、飛び散っている。
もしかすると、口の中にも入って、飲んでしまったかも、知れない。
もとより、村が滅びて数日は経っているように思えるのに、その赤子は、何故、飢えもせずに生きているのだろうか……。
「可哀想に。きっと親も殺されたんだな。――さあ、もう大丈夫だ。神様のご慈悲で助かったのなら、放っておく訳には行くまい」
旅人は、その赤子を抱いて、再び山を越え始めた。
今度は、ただの一度も迷うことなく、いつもの町へと辿り着いた……。
「ねぇ、きっと、ここだよ。ここ、初めての扉だもん」
部屋という部屋を通り抜け、また新しい扉を前にして、六歳の幼子、明如は言った。
だが、樹誠の方は、
「もうやめようぜ。さっきから一〇〇個くらい部屋を通り抜けてる」
と、ぺたり、とその場に座り込んだ。
「やだっ。樹誠にーさまだけ、黄帝さまの御姿を見て、ずるいっ」
「そんなこと言ったって、おまえは寝てたんだから、仕方がないだろ」
「やだやだっ。ぼくだって見たい!」
明如の方は、諦める様子もなく、ねばっている。
目を醒ました明如に、樹誠が、黄帝に逢ったことを話したのが、この部屋の探索の始まりとなったのだ。
しかし、どれくらい大きな屋敷なのか、その部屋数は、さっきも言ったように限りがないように無数にあり、いつまで経っても、黄帝がいる部屋を見つけられずにいる、という状況である。
もちろん、外に出られそうな扉も、全く、ない。
「だから、黄帝様は、人の子の前になんか、滅多に御姿をお見せにならないんだから――」
「にーさまだけ見て、ずるいっ。ぼくだって、見たい」
子供、というのは、本当に頑固なものなのだ。
「なら、勝手にしろ。おれは知らない」
樹誠は、天を仰いで、床の上に寝転がった。
「いいもんっ。ぼく、ひとりでも平気だもん」
こちらの方は、ついでに逞しかったりも、する。
明如は、そう言って扉を開いている。
見上げるような高さの、美しい細工の扉である。
それは、どこの部屋でも同じことで、また、どこの部屋にも、人の姿は見当たらなかった。
だが、今度は――。
「結界に戻った時から、何か騒がしい声がする、と思っていたが――。人の子だったとは、な」
ゴオオオオ――っとうねりを上げる炎の中、そんな、戦慄が走るような言葉が、耳に届いた。――いや、炎を見た、と思ったのは、一瞬のことで、次の瞬間には、そんなものは、部屋のどこにも見当たらなかった。
恐らく、炎など最初からありはしなかったのだろう。家の中で、そんな炎が渦巻いていれば、あっと言う間に大火事である。
だが――。
だが、それでも、樹誠の脳裏には、ある思いが過っていた。
「に……逃げるんだっ、明如!」
「え?」
「龍だっ。その部屋にいるのは、火の川に棲む燭龍なんだ!」
明如の腕を、グイ、っと引っ張り、反対側の扉へと、急いで駆け出す。
何しろ、声の聞こえたその部屋は真っ暗で、人の姿など見えもしなかったのだから。
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