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三夜 煬帝(ようだい)の柩

三夜 煬帝の柩 15

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 その頃、デューイは、一人で寂しい毎日を送っていた。
 ホテルの外に出ると、人に咬みつきそうになってしまうので、こうして昼も夜も部屋に籠もり、ひっそりと陰鬱な生活を続けているのである。
 ホテルのルーム・メイドたちは怪訝そうに、
「ねぇ、あそこの部屋のお客様、変だと思わない? いつも部屋にいて、ベッド・メイクも夜にならないと頼まないし――。結構いい男なのに、気味が悪いわ」
美国アメリカの小説家だ、って話よ。部屋に籠もって小説を書いてるって」
「変人よねぇ。顔色だって悪いし――。小説家って、皆そうなのかしら」
 と、廊下で囁き合っている。
 もちろん、人間よりも遥かに耳のいいデューイには、全部聞こえてしまっている。どう考えても、たまには外へ出なくては怪しまれてしまう状況である。一週間毎にホテルを変える予定ではあるのだが、その一週間でも、この調子なのだ。
 女の下世話な詮索にはついて行けない。やはり、男同士が最高である。と、ますます同性愛に拍車が掛かってしまう毎日であった。
「舜が戻って来てくれたらなぁ……」
 ただ空しいだけの呟きである。舜は今頃、母親の夢枕で、ぬくぬくと過ごしているはずなのだ。
 それでもこの青年、あの少年に腹を立てないのだから、人間が出来ている、というか、恋は盲目、というか、同情さえ誘う情けなさである。
 まあ、こういう人間もいなくては、世界も回らないのだろう。
「……散歩にでも行こ」
 そう言って立ち上がる背中も、少なからず哀愁を帯びている。
 外は夜――。
 内線でルーム・メイクを頼み、デューイはホテルを後にした。
 夏は『中国三大窯』と呼ばれるほどに暑い南京も、十月に入ったこの季節、ベスト・シーズンと呼べるほどに過ごしやすい気候となっている。
 もちろん、それでも喉の渇きや悪寒が和らぐ訳ではないのだが、色を変えた街路樹や、風に舞う枯れ葉は、充分に美しい、と思えるものであった。
 その中、デューイは、出来るだけ人の少ない通りを選んで歩いていた。
 だから、こんな連中に目をつけられることになってしまったのだろう。
 スリである。
 何人かで連携しているのか、それぞれに距離をおいて、デューイの周囲に潜んでいた。
 茫と歩くデューイの肩に、ドン、っと打付かり、その隙に財布へと手を伸ばす。
 だが、『夜の一族』となっているデューイには、スローモーションのような、愚鈍な動きでしかあり得なかった。
 以前のデューイなら、あっさりと財布をスラれていただろう。が、今は――。
つう――っ」
 男が上げた呻きであった。
 デューイの手は、財布をつかんだ男の腕を、捩上げている。
 周囲の男たちの表情も、デューイの思わぬ逆襲に、呆然とみっともなく変わっていた。
「痛てて――っ。手が折れ……っ」
「え? そんなに強くしてない積もりだけど……」
「たっ、頼む、許してくれ……っ。骨が折れちまう……」
 何とも悲痛な懇願であった。
 デューイは自分の力に戸惑いながら、それでもちょっと感心しながら、男の腕から手を放した。
 吸血鬼になったとはいえ、舜や黄帝には全く及ばない力であったため、まだ自分の力がどれほどのものであるかなど、知ってはいなかったのだ。
 今もマジマジと、自分の手を見つめていたりする。
 男たちはその間に、財布を残してスタコラサッサと逃げていた。
 何故かデューイは、ちょっといい気分だったりする。
 だが、すぐに自分の考えに首を振り、
「駄目だっ。こんな力は人前で見せてはいけないんだっ」
 と、また一人、自分自身を諌めていたりする。
 この独り言の癖は、早々に直してもらはなくては、気持ちが悪い。まあ、映画なんかでは、主人公がよく独りで呟いたりしているシーンがあるのだが。この青年も、ミュージカルと映画の国で生まれ育っただけあって、芝居がかったことろがあるのかも、知れない。
 それに、悪者たちの手を少々捩上げるくらい、一向に構わない、と思うのだが……。わりと律義である、この青年。



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