上 下
27 / 533
一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 26

しおりを挟む



「炎帝様! 大変です。呪術師や科学者が全て殺されております!」
 漆黒に彩られる空間に、逼迫した声が響き渡った。
「黄帝が来たか?」
 炎帝が虚空へと、問い返す。
「判りません。全ての者が、全身の血を吸い取られ、《朱珠の実》を作る水も奪われております」
「何!」
 それ以上の驚愕があったであろうか。炎帝が統べるこの館に気づかれもせずに忍び込み、それだけでなく、呪術師や科学者を皆殺しにし、さらには『彼ら』まで奪い去った者がいるというのだ。黄帝以外に、考えられる者など、いはしない。
「面白い。彼奴がこの館に入り込んでいるのなら、もう息子と遊んでやる必要もない、という訳だ」
「え?」
 舜は、その言葉の意味に、ハッ、とした。
 ゴオっ、とさっきの数倍もの炎が、火柱を作る。
 上海のホテルで見たのと同じものである。
 それは、舜と炎帝を隔てるように、部屋の端から端まで、壁を造った。
「どんな防御を構えても無駄だ。私の炎は、あらゆる結界や封印を焼き尽くす。永き眠りから醒め、あの男の封印を破って、再びこの黄色い大地の上に立ったように、な。――おまえのことはかなり気に入っていたが、このまま生かしておくには危険過ぎる」
 ゴオオオオオ、っと激しい唸りを上げ、巨大な炎の壁が、舜目がけて、襲い来た。
「へェ。どんな封印でも、か。どうりでさっき炎に包まれた時から、背中がすっきりしてると思った」
 唇の端を、ニヤリ、と持ち上げ、舜は漆黒の空間に、飛翔した。
 蝙蝠のような黒い翼を大きく広げ、瞬時に炎の壁を飛び越える。
「何――っ!」
 ただ滑らかなだけであった舜の背には、封印の解けた翼が、閃いていた。
「死ね」
左手を翳し、舜は渾身の力を込めて、気を放った。
 炎帝に避ける間は、なかった。その気をまともに腹へと喰らい、向こうの壁まで吹き飛ばされる。
 舜もまた、羽ばたきを続ける力もなく、床の上に落下した。
「炎帝様!」
 それは、女の声であった。
 どこからともなく、貴妃が部屋へと姿を見せた。そして、炎帝の元へと駆けつける。
「あ……ヤバイな……。まだいたんだっけ……」
 舜は、現れた稀代の美女を前にして、床に張り付ける面を歪めた。
 体力と気力を使い切った今、もうその美女を相手にする力も残っていないのだ。その上、炎帝が悠々と立ち上がり始めたではないか。
 ますますヤバイ状況である。
「炎帝様――」
「この私が吹き飛ばされるとはな……。まだ完全に力が戻ってはおらぬか……」
 口惜しげに呟き、炎帝は黒く染まる腹へと、視線を落とした。舜の気を受けた場所である。その傷は癒すことが出来ないのか、苦痛に顔を歪めている。
 自慢ではないが、さっきの気を食らっては、立っているのも辛い状況であろう、と、舜は一応、自負していた。あれは、デューイに放った時のような、ただの気ではないのだ。炎さえ凍りつかせる、魔氷の気功である。体の内部を凍りつかせ、全身に凄まじい冷気を巡らせる。実戦で使うのは初めてではあるが、常人なら死して当然の技であった。
 だが、今の状況が、舜に不利であることは、変わりない。
 その舜の眼に、幻が、映った。
 黒曜石の床に、美しいクリスタル・グラスが佇んでいるのだ。それは、侵入者に奪われたはずの、『彼ら』を収めたグラスであった。そのグラスを取り、『彼ら』に《朱珠の実》を作ってもらえば、舜はまた、力を得ることが出来るのだ。
 だが、何故、そんなところにある、というのだろうか。もしかすると、黄帝が舜を助けるために、置いて行ってくれた――とはとても思えない。そんなことをするような父親ではないのである、あの青年は。
 しかし、それなら何故――。
 舜は、ハッ、と顔を持ち上げた。
 そのグラスに気がついたのは、舜だけではなかった。貴妃も炎帝もまた、そのグラスに気がついていた。
 その状況からしても、幻ではないのだろう。
 舜は、グラスの方へと這い進んだ。
 貴妃も同時に床を蹴る。
 どう見ても、舜に勝ち目のある距離ではなかった。舜は立ち上がることも、羽ばたくことも出来ない状態なのだ。
 もしこれが黄帝であったのなら、きっと、『彼ら』の方から、黄帝の手の中に戻って来てくれていたのだろう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...