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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 26
しおりを挟む「炎帝様! 大変です。呪術師や科学者が全て殺されております!」
漆黒に彩られる空間に、逼迫した声が響き渡った。
「黄帝が来たか?」
炎帝が虚空へと、問い返す。
「判りません。全ての者が、全身の血を吸い取られ、《朱珠の実》を作る水も奪われております」
「何!」
それ以上の驚愕があったであろうか。炎帝が統べるこの館に気づかれもせずに忍び込み、それだけでなく、呪術師や科学者を皆殺しにし、さらには『彼ら』まで奪い去った者がいるというのだ。黄帝以外に、考えられる者など、いはしない。
「面白い。彼奴がこの館に入り込んでいるのなら、もう息子と遊んでやる必要もない、という訳だ」
「え?」
舜は、その言葉の意味に、ハッ、とした。
ゴオっ、とさっきの数倍もの炎が、火柱を作る。
上海のホテルで見たのと同じものである。
それは、舜と炎帝を隔てるように、部屋の端から端まで、壁を造った。
「どんな防御を構えても無駄だ。私の炎は、あらゆる結界や封印を焼き尽くす。永き眠りから醒め、あの男の封印を破って、再びこの黄色い大地の上に立ったように、な。――おまえのことはかなり気に入っていたが、このまま生かしておくには危険過ぎる」
ゴオオオオオ、っと激しい唸りを上げ、巨大な炎の壁が、舜目がけて、襲い来た。
「へェ。どんな封印でも、か。どうりでさっき炎に包まれた時から、背中がすっきりしてると思った」
唇の端を、ニヤリ、と持ち上げ、舜は漆黒の空間に、飛翔した。
蝙蝠のような黒い翼を大きく広げ、瞬時に炎の壁を飛び越える。
「何――っ!」
ただ滑らかなだけであった舜の背には、封印の解けた翼が、閃いていた。
「死ね」
左手を翳し、舜は渾身の力を込めて、気を放った。
炎帝に避ける間は、なかった。その気をまともに腹へと喰らい、向こうの壁まで吹き飛ばされる。
舜もまた、羽ばたきを続ける力もなく、床の上に落下した。
「炎帝様!」
それは、女の声であった。
どこからともなく、貴妃が部屋へと姿を見せた。そして、炎帝の元へと駆けつける。
「あ……ヤバイな……。まだいたんだっけ……」
舜は、現れた稀代の美女を前にして、床に張り付ける面を歪めた。
体力と気力を使い切った今、もうその美女を相手にする力も残っていないのだ。その上、炎帝が悠々と立ち上がり始めたではないか。
ますますヤバイ状況である。
「炎帝様――」
「この私が吹き飛ばされるとはな……。まだ完全に力が戻ってはおらぬか……」
口惜しげに呟き、炎帝は黒く染まる腹へと、視線を落とした。舜の気を受けた場所である。その傷は癒すことが出来ないのか、苦痛に顔を歪めている。
自慢ではないが、さっきの気を食らっては、立っているのも辛い状況であろう、と、舜は一応、自負していた。あれは、デューイに放った時のような、ただの気ではないのだ。炎さえ凍りつかせる、魔氷の気功である。体の内部を凍りつかせ、全身に凄まじい冷気を巡らせる。実戦で使うのは初めてではあるが、常人なら死して当然の技であった。
だが、今の状況が、舜に不利であることは、変わりない。
その舜の眼に、幻が、映った。
黒曜石の床に、美しいクリスタル・グラスが佇んでいるのだ。それは、侵入者に奪われたはずの、『彼ら』を収めたグラスであった。そのグラスを取り、『彼ら』に《朱珠の実》を作ってもらえば、舜はまた、力を得ることが出来るのだ。
だが、何故、そんなところにある、というのだろうか。もしかすると、黄帝が舜を助けるために、置いて行ってくれた――とはとても思えない。そんなことをするような父親ではないのである、あの青年は。
しかし、それなら何故――。
舜は、ハッ、と顔を持ち上げた。
そのグラスに気がついたのは、舜だけではなかった。貴妃も炎帝もまた、そのグラスに気がついていた。
その状況からしても、幻ではないのだろう。
舜は、グラスの方へと這い進んだ。
貴妃も同時に床を蹴る。
どう見ても、舜に勝ち目のある距離ではなかった。舜は立ち上がることも、羽ばたくことも出来ない状態なのだ。
もしこれが黄帝であったのなら、きっと、『彼ら』の方から、黄帝の手の中に戻って来てくれていたのだろう。
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