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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 24

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 もうどれくらいこうしているのだろうか。
 舜の体は灼熱の炎に抱かれるかの如く、絶え間ない苦痛にさいなまれていた。
 全裸に剥かれた肢体は潤いを失くし、爪の色も失せている。
 寝床には、乾いた血や、まだ零れたばかりの濡れた血が染み付き、舜の下肢の狭間からは、未だ、血がじわじわと滲み出している。
 この一週間、舜の体は男の欲望に犯され続け、色を無くしたその肢体は、精液と血に塗り替えられていた。
「気丈な子供よのう。死ぬまで黄帝を呼ぶ積もりはないと見える」
 男が言った。
 肩までの長さの黒髪を持つ、精悍な面貌の青年である。その美貌は、燃え盛る炎の如く冷酷で、圧倒的な妖気を身に纏っている。さらさらとした黒髪は針のように、漆黒の瞳は鷹のように、それだけで見る者を威圧する。
 少なくとも、舜が以前に想像したような、冷蔵庫のようなどっしりとした体も、麻雀牌のような丈夫な前歯も、肉切り包丁のような鋭い牙も、パワー・ショベルのような何でも掻き出せる爪も、自転車のサーチライトのようにピカピカと輝く眼も、百科事典よりも重くて丈夫な足も、スリッパを貫くくらいの尖った爪も、大根おろしを作るおろし金のようにギザギザした肌も、天から伸びる稲妻のように逆立った髪も、持ってはいない。
 彼こそ、あの炎の主、炎帝であった。
「そなたに偽りの盃を持たせ、窮地に追い込んだ男を、まだかばうと言うのか?」
 炎帝は、傷だらけの舜をさらにいたぶり、再び腰を使い始めた。
「く――っ」
 今は血しか滲ませることのないその苦痛に、舜の表情が再び歪んだ。
「もう勃ちもせぬか。体まで私に従わぬのは、許せぬな」
 炎帝の炎にも似た熱い舌が、舜の成長し切っていない部分を、搦め捕った。
「やめ……っ!」
 体を起こそうにも、舜の手足は微動ともせず、逃れることも適わなかった。それは、この部屋に連れて来られ、炎帝の赤光を放つ双眸を見た時から、同じであった。官能と苦痛だけを取り入れ、屈辱の責め苦を強いられていたのだ。
 それも全て、炎帝がまだ何も手に入れていないためであった。――そう、まだ何も手に入れてはいないのだ。黄帝が舜に持たせた《聚首歓宴の盃》は真っ赤な偽物で、《朱珠の実》を作る『彼ら』は、黄帝か、もしくは黄帝と似た体質を持つ舜の指だけしか受け入れず、他の者が指を浸そうとしても、氷のように頑なにその指の侵入を拒むのだ。そして、舜が指を浸して作った《朱珠の実》は、他の者が摘まもうとすると、すぐに弾けて、灰と化した。『彼ら』は友人を選び、その選んだ友人とだけ、共存して行く生き物なのだ。
 炎帝の部下たちが、今、何とかその生物の分析を試みようとしているらしいが、一向に成果は上がっていない。
 だからこそ、炎帝も舜を殺してしまう訳にも行かず、舜を人質に、黄帝を呼び出そうとしているのだ。
「くっ」
 すでに痛みだけしか感じない部分を強く吸われ、舜は唇を噛み締めた。
「もう役に立たぬのなら、用もあるまい」
 その炎帝の言葉と共に、鋭い乱杭歯が突き立った。
 凄まじい痛みが体を駆け抜け、全身が冷たく凍りつく。
「ひっ。わあああ――――――――っ!」
 喉の奥から叫びを上げ、その中、舜は、血を吸われているのを感じていた。
 体がガラクタのように、痙攣を起こす。
 指の先が、ピクリ、と動いた。
 舜の双眸は、血のように朱く染まっていた。
 そして、色を失くした唇からは、研ぎ澄まされた美しい乱杭歯が突き出している。
 その姿の、何と神秘的なことであろう。
 彼もまた、夜を翔る魔性の生き物なのだ。
 しなやかな肢体を翻し、舜は、下肢に沈む炎帝の頭目がけて、気を放った。が、刹那、炎帝の姿は、寝台の上から消えていた。
 舜も飛翔し、数メートル離れた床の上に、着地する。
「なるほど。さすがは黄帝の息子だ。私の呪縛を逃れるとは、な。その力を秘めていたのなら、黄帝が側に置いていたのもうなずける。だが、私の力には及ばん」
 ゴオオ――っと炎が渦を巻いた。龍の如く部屋をうねり、舜の周りを取り囲む。
 疲れ切った体をさらす舜の姿は、瞬時に蒸発してしまわないのが不思議なほどに、儚げな氷の像のように、佇んでいた。
 舜は、左手をゆうるりと持ち上げた。
 凍りつくような氷気を纏い、炎の龍へと気を放つ。
 炎の龍の胴体が、真ん中あたりで二つに千切れた。が、それはまたすぐに、元の通りに繋がった。

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