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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 21

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 それは、黒曜石を敷き詰めた、貴族の館で言うホールのような空間であった。もちろん、シャンデリアも何もないが、それは、舜にも貴妃にも困ることでは、ない。
「これが見破れなかったなんて黄帝に知れたら、また馬鹿にされるだろうナ……」
 目の前のことより、遠く離れた父親の方が怖いのである。
「さあ、盃と珠の秘密をお寄越し、舜」
 稀代の美姫が、瞳を細めて、歩み寄る。
「右手を返してもらってから、っていうのはどうかな」
 その舜の言葉が無視されたことは、言うまでもない。それどころか、後ろからガッシリと羽交い締めにされてしまった。
 デューイである。
「な……っ。馬鹿! 放せよっ。盃と水を取られるだろっ」
 一応、当人は本気で慌てている。
「放せったらっ! 黄帝の奴は、こんな女より、よっぽど怖いんだっ。盃と水を取られたら、厭味を言われるくらいじゃ済まないんだぞ!」
 と、ぶんぶんと手足を、振り回す。
 だが、貴妃の虜と化しているデューイの腕が、そんなことで緩むはずもない。その上、本来なら羽交い締めにされるはずの右腕がないために、デューイの一方の腕は、舜の首を締め上げているのだ。
「や……め……っ!」
 腕は容赦なく、舜の首を圧迫する。
「まこと、黄帝に似ておるな、そなたは」
 舜の頬に右手を重ねて、貴妃が言った。
「女の……趣味は……違うぞ……」
 そんなことを言っている場合ではないと思えるのだが、子供というのは、つい余計なことを口にしてしまうものである。
 貴妃の指先が、舜の首筋を伝って胸へと降り、ジャンパーの中へと忍び込む。
「やめ……っ!」
「ほう。黄帝もさすがに息子の命は惜しいと見える。素直に盃と珠の秘密を持たせるとは、な」
 貴妃の手には、塗りの剥げた盃と、美しいクリスタル・グラスが乗っていた。つかんでいる訳ではない。手のひらに行儀良く乗っているのだ。グラスは安定感も欠かず、まるでそれが自分の意志であるかのように、垂直に、微動ともせずに、立っている。
「さて、《朱珠の実》の作り方を教えてもらおうかえ」
 貴妃が言った。
「オレの腕が……先だ……。それと、デューイに手を放すよう……言え」
「デューイ」
 貴妃の一声に、舜を羽交い締めにするデューイの手が、フッ、と離れた。
 どこから出て来たのか、舜の右腕も、虚空高く浮かんでいる。その距離、一〇メートルほどであろうか。四、五メートルなら、舜も翼なしで飛ぶことが出来るのだが、一〇メートルとなると、助走をつけても、ちょっと無理だ。
「あの手を下ろせよ」
 自分の右腕を見上げて、舜は言った。
「己で取るがよい。そこまで黄帝の体質を受け継いでいるのなら、翼も持っておろう」
「宝の持ち腐れだよ。使えないんだからな」
「ほう」
 その言葉だけで、腕はそこから降りて来ない。――いや、ゆっくりと舜の元へと、降りて来た。それに手を伸ばした刹那であった。首筋に、冷たい感触が突き刺さった。
「え……」
 腕に気を取られ過ぎていたのだ。頭の中に過ったのは、例によって、また黄帝の顔であった。
 舜は、ハッ、として後ろに飛びのいた。
 貴妃の唇には、朱い血が滴っている。そして、鋭い乱杭歯。
 舜の首筋には、二つの丸い傷痕が、残っていた。
 堕ちた、というのか。彼までが、貴妃の手に。

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