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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 19
しおりを挟む「灯りを点けなくてもいいのかい?」
訝しく思いながら、舜は訊いた。
「……今まで寝ていたものでね。ドアの隙間から、人の立つ影が見えて、君かも知れないと思って、見に行った」
確かに、ドアの向こうの廊下は明るく、暗い部屋の中から見ると、ドアの下のわずかな隙間から、光が洩れているのが、よく判る。
その前に人が立てば、影が差し、人がいることに気づいても不思議ではないだろう。
だが、普通、ドアの前まで行く前に、灯りを点けようとは思わないだろうか。夜目の利く舜は思わないが、普通の人間なら、思うはずである。
厭な予感が、していた。もう遅いかも知れないが、部屋から出た方がいいかも知れない、というような気が。
しかし、黙って出る訳には、いかない。
舜は、デューイの首筋を隠している、栗色の髪を払いのけた。
現れた首筋に、二つの傷痕が、はっきりと見えた。その意味は、考えるでもなく、容易に知り得た。
「咬まれた……のか?」
他に何と言えば良かったのであろうか。その傷は、舜と係わったがために、つけられたものであるはずなのだ。
人間を襲う、ということは、山奥で《朱珠の実》を食べて暮らしていた舜には縁のないことだが、本来、それが一族の生き方――糧を得る方法であったのだ。
舜の一族が、吸血鬼、という忌まわしき名で呼ばれるようになった所以である。
実際には、血を吸う不死の化け物ではなく、苦しみながらも死に切れない哀しい生き物だというのに……。そう。不死ではなく、死に切れないのだ。どんなに優しい心を持っていても忌み嫌われ、化け物扱いされる。
ちなみに、黄帝は性格も悪い正真正銘の化け物である。
デューイの双眸が、赤光を放った。
唇からは、鋭い乱杭歯が伸びている。剥き出しになったその乱杭歯は、最早疑いようもない、夜の一族の証しであった。
「今の私には、貴妃様の苦しみがよく解る……」
「……デューイ?」
「この恐ろしいほどの悪寒と、干からびた湖以上の喉の渇き……。癒されるのは、血を啜っている間だけ。飢えはすぐに訪れる。この身は苦しみつつも、死に切れずに渇き続ける……」
哀しげで、そして、あまりにも恐ろしい形相での、呟きであった。それが、夜の血を持つ種族の宿命なのだ。
舜も、幼い頃から、黄帝に何度もそのことを言い聞かされている。生きる、ということは、その寒さと渇きとの戦いであり、自らの意志で、それを克服して行くしかないのだと。特に、黄帝や舜のように、普通の食事では栄養が取れないタイプの種族は。
それ以外の者は、普通の人間と同じように街で暮らし、血の滴るレア・ステーキやレバ刺しなどを好む以外、何の問題もなく、周りに溶け込んで行ける、という。
もちろん、寒さや喉の渇き、朝陽の辛さは付きまとうが、大抵の者は、老いれば死ねる寿命を持っているのだ。――いや、血を糧としないからこそ、老いて死ぬことが適っている。そして、多くの者たちが、そちらの生き方を選択した。
永遠に近い喉の渇きを堪えて生きることは、老いや死とは比べものにならないほどに苦しいことなのだ。
その苦しみに耐え兼ねた者などが、人を襲うことになる。相手の了解も得ずに、飢えた喉を鳴らして、血を啜る。
舜の一族では、そういう者たちは罰せられることになっているが、行方不明者や、謎の蒸発をして姿を暗ます人間が絶えないところを見ると、陰で人を襲ったりしている者もいるのだろう。
血を吸われた人間のほとんどは、急激な血圧降下などによってショックを起こして死んでしまうから、デューイのように、血を吸われても生き残っていることは、珍しい。もちろん、それは、デューイを利用するためのものなのであろうが。
「さあ、渡せ、舜。《聚首歓宴の盃》と《朱珠の実》の秘密を……。絶えることのない血を、貴妃様に捧げるのだ」
グワっ、と乱杭歯を剥き出しにして、デューイが言った。
彼を元の人間に戻す方法は、人の世界にも伝えられている通り、彼の血を吸った者――主を殺すことだけである。
「確かに、今のオレには荷が重すぎるよなァ」
舜は、ぽつり、と呟いた。そして、
「おいっ、出て来い、貴妃! オレは、親切にしてもらった人間をあっさり殺せるほど、大人じゃないんだぞっ」
さすが、黄帝の息子である。緊張感が、全くない。ちなみにこれは、褒め言葉とも厭味とも言えない。
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