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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 5
しおりを挟む半陰陽や両性具有、その他染色体異常などにより、外見はまぎれもなく男だが――もしくは、女だが――生物学的には……という問題は、今に始まったことではない。
それでも、この国では生後十四日以内に出生届を出さなくてはならず、たったそれだけの短い期間に、戸籍上の性を決めてしまわなくてはならないのである。その結果、女として育ててきたが、第二次性徴で女性化が見られず、男性化してしまう場合もある。
「――酷いですよね。男だとか、女だとか、ほんとに大きなお世話なのに!」
時間外の診療を終え、荘司が帰って行くのを見ると、奥のドアから仁が文句を言いながら姿を見せた。仏頂面で、頬を膨らませるその姿は、年相応に愛らしい。
「何だ、まだいたのか」
「いちゃ悪いんですか?」
こういう時の彼に逆らってはいけない。同じ年頃の荘司が心と体の不一致で悩み、苦しんでいるというのに、法の無神経さや国の気遣いのなさ、一生の問題をたった二週間で決めなくてはならない無理難題――そんなことに沸々と怒りをたぎらせ、完全に一人エキサイトしてしまっているのである。
早い話、傷ついている友人を見て、放っておけない心境なのだ。
「いや、明日ゴミの日だと言っていたから、もう帰って掃除でもしているのかと……」
「ゴミがあるくらいで死んだりしませんよ」
「……」
いつもきっちり過ぎるほど分別して片付けているのは、間違いなく仁の方である。
だが、ここでわざわざそれを指摘して、機嫌を損ねてしまうのも得策ではない。
「資料、助かったよ」
取り敢えず、喜びそうなことを言っておかなくては――。いや、いつもこの『取り敢えず』の言葉が、仁の神経を逆なでしてしまうことになるのだが。
「先生が助かったって仕方がないでしょ? 彼――彼女、余計に傷ついたみたいじゃないですか! また自傷に走ったらどうするんですか?」
――ほら。
大人以上に優秀な秘書ではあるが、心は昨今の少年以上に純粋なのだ。
「彼女はまだ十七歳なんだよ、仁くん」
春名は言った。
「もちろん、知っています」
睨みつけるような言葉が返って来る。
「だったら、性別適合手術さえすれば、全てが望みどおりになって、幸せになれると信じさせておくのは酷だろう」
「それは……」
「もしかしたら、その現実を知れば、手術を望まなくなるかも知れない。何も知らず、手術をしてからでは、もう元にも戻せないし、やり直しもきかない。彼女には、手術の先にある現実を知っても、それでも心と体の性を一致させることを望むのか――その覚悟を訊いておかなくてはならない」
「……。どうして彼らは、当たり前の性を生きられないんでしょう?」
不憫な心を見るように、仁が言った。
「それは俺たちだって同じことだ。全て思い通りになる人生を生きている訳じゃない。どこかで折り合いを付けなくてはならないんだ」
そう――。心と体の性が一致し、五体満足で生きている自分たちでさえ、何の不満もなく毎日を過ごしている訳ではない。もちろん、性同一性障害を抱える彼らのように、片時も自分から切り離すことが出来ないほど、生活に密着した悩みではないかも知れないが。
トイレも、性別の記入も、誰もが当たり前にしていることだからこそ、余計に辛く感じるのだろう。
「彼女が入れるトイレは決まっている。学校帰りの本屋、近所の小さな医院、角のコンビニ――どこも、男性用、女性用に分かれていない、男女兼用のトイレばかりだ」
「……。この病院にも、男女兼用トイレは車椅子用と、婦人科、小児科の一部のトイレだけですね」
「今の社会では、男と女以外の性は認知されていないからな」
待っていても、この先、男と女以外の性が認められる日が来るかどうか判らない。それなら、彼らが自分の性を、その二つに合わせるしかないのが現実――。
「――ところで、彼女、どうして自傷行為に及んだんですか?」
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