上 下
236 / 350
Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 2

しおりを挟む


「――で、奥さんの話は何も聞けなかったんですか?」
 例によって、今日の症例の整理をしながら、春名にコーヒーを出して、仁が言った。
 まだ十七、八歳の少年だが、大人以上に優秀な秘書であり、小姑のように色々と春名の世話を焼いてくれる。仕事の上だけではなく、プライベートでも、なくてはならない存在なのだ。
 顔を上げると、そんな仁の、瞳にかかるサラサラとした髪と、あどけなさを留める顔立ちが垣間見えた。
「仕方がないだろ。本人を黙らせるだけで大変だったんだから」
 天を仰いで、春名は言った。
 とにかく、患者当人は自分が病気なのではなく、隣人がおかしいと思い込んでいて、自分の話が破綻していることにも気付いていない。第一、隣に住んでいるだけで、行動パターンだけでなく、顔や姿まで似て来るなど……。
「――どう思う、仁くん?」
「ホラー映画みたいですね」
 ――ほら、十代の少年だって、真に受けない。
 口裂け女や、他の都市伝説の方が、まだありそうで、興味が持てる。
「だけど、真剣なんだよなァ……」
 無論、妄想を訴える患者は皆、真剣で、静谷章吾だけが特別、と言う訳ではないのだが……。
「既存パターン以外の症例に遭うと興味津々になるのは、医者の悪いクセですよ」
 仁にまで釘を刺される始末。
「医者が好奇心旺盛でなかったら、病気を見逃すだろ」
「病気の原因究明って、好奇心でするんですか?」
「それは……学者としてだな……」
 一つ言い訳をすると、次から次にそれを正当化する言葉を見つけなくてはならなくなる。
「解ったよ。もうミステリーの結末を訊くような真似はしない。次の診察を待つことにしよう」
 降参、と言うように、春名は言った。
 何しろこの小姑――いや、秘書は、春名の仕事だけでなく、家事の一切を担っているのだ。夕食が無くなるような事態だけは、避けたい。
「先生は、本当にそんなことがある、と思ってるんですか?」
 あっさり引かれると、もっと議論をしたくなるのか、仁が言った。
 いや、もっと単純な理由――春名と話をしていたかったから、なのかも知れない。小さい頃から、肉親とは縁の薄い少年だったのだから。
 だが、母親に捨てられた、と思っていた頃に比べて、捨てられた訳ではなかった、と判った今は、心のわだかまりも小さくなっている。親に愛されない子供ほど、憐れなものはないのだから。
「あるとしたら、どんな時だろう、とは考えている」
 春名は言った。
 もし、静谷章吾の言う通り、本当に隣人が静谷に似て来たのなら、それは、精神的な問題ではなく、昨今の医療技術の賜物のせいかも知れない。
「整形、とかですか?」
 仁の言葉は、誰もがまず一番に考えることだっただろう。
「ああ。――だとしたら、隣人の目的は何なんだろう?」
「本物の静谷さんとなり代わるため――?」
「だが、そんなこと、実際には無理だよなぁ」
 現実はそれほど甘くは無い。
「そりゃそうですよ。たとえ奥さんとデキていて、二人だけの生活を目論んでいるのだとしても、仕事に行けば解らないことだらけでボロが出るし、親兄弟に会っても何一つ対応が出来ないんですから」
「生活していけなくなるのに、なり代わる必要はないよな」
「離婚して、再婚する方が簡単ですよ」
「そうなんだよなぁ……」
 どう考えても、あれは静谷の妄想である。
「何がそんなに気にかかるんですか?」
 小首を傾げて、仁が訊いた。
「うーん、奥さんの冷たい目かな……」
「そんなの、珍しいことじゃないですよ」
 鶴の一声ならぬ、仁の一声。
「……」
 ――バッサリと斬ってくれるなァ……。
 だが、本当に珍しいことではない。夫に愛想を尽かす妻の冷めた眼差しなど……。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人Yとの対談

カサアリス
ライト文芸
ひとつテーマを決めて、週に1本。 制約も文字数も大まかに設定し、交換日記のように感想と制作秘話を話し合う。 お互いの技量に文句を言わず、一読者・一作家として切磋琢磨するシリーズです。 テーマはワードウルフを使ってランダムで決めてます。 サブテーマは自分で決めてそれを題材に書いています。 更新は月曜日。 また友人Yの作品はプロフィールのpixivから閲覧できます。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...