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Karte.10 天才児の可不可―孤独

天才児の可不可―孤独 2

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「お母さん、それは違いますよ。お子さんは決して変わっている訳ではありません」
 前髪が頭頂部に向かってかなり後退した――禿げ上がった心理学者、ドクター・ニコルズは言った。四十代の後半くらいか。口ひげを生やし、細身で、丸いメガネを掛けている。
「ですが、学校でも授業は聞かない、クラスメイトとも仲良く出来ない、いつも一人孤立していて、先生からも――」
「いいえ、それは当然のことなのです」
「……当然?」
「いいですか、お母さん。カイル君の成績はクラスでトップです。授業にも集中できず、一生懸命勉強している訳でもないのに――。ですから、問題はお子さん自身にではなく、周囲の環境にあるのです」
「ですが、きっと、どこへ転校しても、あの子の性格では……」
 それに、問題は性格だけではないのだ。こんなことは誰にも言えないが……。
「今も申し上げた通り、問題は性格でもありません。この状況の一番の問題は、カイル君のIQの高さにあるのです」
「……IQ、ですか?」
「ええ。彼は、ここで学ぶには、他の生徒と余りにもIQがかけ離れ過ぎていて、全く話がかみ合わないのです。彼が考えていることと、クラスメイト達が考えていることは、まるで違う。――ですから、カイルくんの性格に問題があってクラスに解け込めない訳ではありません」
「はあ……」
 学者先生の言うことは、正直全てを理解できたわけではないが、自分の息子を否定されるのではない――今までの先生たちとは違う展開に、安堵と期待が芽生えていたのも事実だった。
「IQの差は重大です、お母さん。興味を惹かれる内容も、思考の方法も違う者が相手では、会話にもなりません。カイル君には、同じようにIQが高くて周囲の子供たちとの接し方に困っている子供たちが学ぶ、ギフテッド・スクールへの編入をおすすめします」
「ギフテッド……ですか?」
「特に変わった学校ではありません。クラスが能力別になることと、IQに合った授業を受けられること――、子供たちの才能を存分に伸ばせる学校です。このまま今の学校に通い続けていては、学習意欲に問題が出たり――いえ、これはすでに授業を聞かない、という問題がでていますし、そうなると、これからも周囲の誤解を招く行動が続いたり、解け込めないままに反社会的な行動をとる場合もあります」
「反社会的……。そんな……っ」
 ただでさえ、普通の子と違って、誰にも視えないものが視えてしまう、という問題も抱えているのに――。
「カイル君は、周囲のレベルにまで自分を落として皆に接することが出来ません。――いえ、それをしようとすれば、かなりのストレスになるでしょう。本来の彼の能力は、もっと上のところにあるのに、大学生が小学生に混じって真面目に足し算をさせられているような退屈な授業を受けているのです。そんな授業、彼でなくとも聞く気にはならないでしょう? 足し算を一生懸命考えているクラスメイトたちとは、これからも話がかみ合わないに違いありません」
「……」
 ドクター・ニコルズの言っていることは、理解できた。
 だが――。
「ですが、うちは母子家庭で、そんな特別な学校へは、とても――」
「心配いりません。授業料は無償で、IQが高いが故の問題をサポートするスタッフも、心のケアをするセラピストも揃っています」
「……」
 ――無償。
 それは、何よりも大きな言葉だった。
 いや、迷いを取り払うための唯一の言葉だった、と言ってもいい。
 いつも学校では迷惑がられていた息子が誰かに認められ、彼は賢い子だから自分がいる学校に来て欲しい、と望まれたのだ。そんなことは初めてで、ドクター・ニコルズの話を聞き終わる頃には、すっかり決意は固まっていた。
 暁春の気持ちはまだ聞いていなかったが、皆に邪魔者扱いされている今の学校で学ぶよりも、自分に合ったレベルの学校に行きたい、と言うに違いない。
 やっと、安心して過ごせる場所が見つかったような気分だった。
 そして、その高揚した気分のままに、今までの不安を口にしていた。
「実は、あの子は時々、視えもしないものを……」


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