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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走
青い鳥の可不可―迷走 9
しおりを挟む――どうしてあんなことを訊いてしまったのだろうか。
コンドミニアムの一室に戻り、風呂と明日の支度を済ませてベッドに入った仁は、車の中で春名を前に口にしてしまった言葉に、得体の知れない不安を感じていた。
『ドクター・春名は……青い鳥を探さないんですか?』
順風満帆にシカゴ大学を卒業し、優秀な若手精神科医として大学病院に籍を置いている春名に、チルチルとミチルのように、『想い出の国』や『未来の国』に旅に出る理由はない。
それなのに……。
青い鳥を探さなくてはならないのは、きっと春名ではなく、何も持っていない仁の方だというのに――。家も、家族も、友人も、進みたい道も、思い描く未来も、本当に何も持ってはいないのだから。
そして――。
そして、春名が返した、あの応え……。
春名は何故、あんな言葉を口にしたのだろうか。
春名なら、チルチルとミチルの青い鳥が何処にいたのかなど、当然の如く知っているだろうに。
そんなことを考えていると、眠りは中々訪れなかった。
こんな時は無理をして眠ろうとしても、余計に目が冴えるばかりで――。
――暖かいお茶でも入れよう。
寝返りばかりを打ち続けるのにも疲れて、仁はベッドを抜け出した。
向かいは春名の寝室である。
仁が使っているのは、もともと春名が本や色々な荷物を置いていた部屋で、今はそれらを整理して、仁が寝室として使っている。一人暮らしには過分に思える部屋だから、きっと女性と住むつもりをしていたのかも知れない。
そう思って、一度、春名に訊いたこともあるのだが、
「――世話焼きの母が選んだ部屋だ。自分も住むつもりで」
と、春名は言った。
「お母さんが? そんな部屋をぼくが使ったら――」
「見ただろう? 今は物置だ。もうフレッシュマンでもないし、母も――訪ねては来ない」
そんな春名の事情を知ったのも、その時だった。
まだ幼かった仁にも、春名はごまかすことなく対等に話しをしてくれた。
外科医の家庭に生まれた春名にとって、将来は外科医になるのだ、という自他共に刻まれた進路があり、中学受験の頃には疑うこともなくその進路に向かって進んでいた。
だが――。
いつからだったか、家族の何かが歪み始め、母親の言動が苦痛になり、父親の存在が希薄になった頃から、春名の目指す道は変わって行った。
「僕は外科医にはならない。だからもう構わないでくれ」
その春名の言葉で口論になったのは、母親と春名ではなかった。
母親は、
「どうして?」
と訪ねるばかりで、何になりたいのかは訊かなかった。
母親からその言葉――息子が外科医にならない、という言葉を聞いた父親は激昂し、
「おまえが甘やかすからだ」
と母親を責めた。
それから、全てが崩れてしまうのに、そう時間はかからなかった。――いや、春名がそう口にしても、両親は『一時的な気の迷いだろう』と高をくくっていたようでもあった。
時間が経てば、また元の目標に向かって進み始めるに違いない。
外科医ほど素晴らしい職はない、と気付くに違いない。
そんな都合のいい思い込みがあったために、まだ誰も春名が何になろうとしているのか、訊くこともしなかったのだ。
春名はそれを『解ってもらえなくても、反対もされなくなった』と理解したし、変わらず医大を目指していた春名の姿に、両親も思い直してくれたのだ、と思っていたに違いない。
だからこそ余計に、春名の選択を知った時、母親には絶望が訪れ、父親は二人を突き放したのだろう。
そんなことを思い出しながら、お茶を入れて飲んでいると、春名の部屋から起き出す気配が耳に届いた。
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