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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走
青い鳥の可不可―迷走 2
しおりを挟む冬は体感温度マイナス四〇度にもなるシカゴだが、夏はミシガンレイクも青く澄んで美しい。
さらにグランドパークの緑の景色は、冬という季節があることさえ忘れさせる。
春名と仁が出会ったのは、数年前――。
まだ仁は自分の殻に閉じ籠っていて、誰にも心を開くことなく、口さえ開かず過ごしていた。
その頃は顕著に現れていた仁の能力も、春名と出会い、情緒が安定して来ると共に、徐々に砂をならすように薄れて行った。
血のついた車も、返り血を浴びた人々の姿も、以前ほど視えなくなっている。このまま何も視えなくなっていくのではないか、と思えるほどに。
そうなるのなら、それは仁にとっては、何よりも嬉しいことの一つである。
人とは違った――普通の人が持ちえない《1=1+α》の能力のために、母親にさえ気味悪がられ、捨てられることになってしまったのだから。
自分に注がれる異端視と、別の生き物を見るような視線。
珍しいモルモットを観察するような学者たちの視線と、興味本位で訪れる様々な機関の大人たち。
繊細で傷つきやすい幼い子供が心を閉ざしてしまうには、充分過ぎる材料だった。
そんな仁に、
『全部俺に言えばいい』
そう言ってくれたのが、春名だった。
母親でさえ、
「そんな気味の悪いことを言うのはやめなさい!」
と、口にするだけで怒られた言葉を、春名は受け止めてくれると言ったのだ。
学者たちが、単語て、媚び、猫撫で声で聞き出そうとした、普通でない仁の言葉を、普通に――。
誰もが『頭がおかしいんじゃないのか?』と眉を寄せるような言葉でも。
無理に訊き出す訳でもなく、仁の心を訪ねるように――。
だから仁も、春名にだけは《視えるもの》《感じること》を話すことにしている。
「彼……、あんなに良くなってるのに、また急に具合が悪くなったりしたら、ご家族もきっと、がっかりして……」
退院できるほどに回復したウォーレンのことを思いながら、仁は、自分の《悪い予感》に胸を痛めた。
「まだそうと決まった訳じゃない。少なくとも、彼は確かに回復しているよ」
自分が診ているのだから間違いない――そう言うように、春名の瞳が優しく細まる。
何か悪い予感がするのに、それがどんなことなのかまでは判らない――仁には、それが何よりも口惜しかった。
ウォ―レンの退院に関して感じた不安だから、彼に何か起こるのではないか、と思っている。――それくらいしか判らないのだ。
だからこそ春名も早く起きて、ウォ―レンの様子を見に行こうとしているのに違いない。顔を出すだけならすぐに済むが、彼ともう一度しっかり話しをしてみるために。
「コーヒーをくれないか、仁くん」
「はい、ドクター・春名……」
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