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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 23

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「昨日、寝たのが遅かったから……。だから、寝不足で……」
 と、その言い訳を口にする。
「そうか……。子供がクリスマスに一人で泣いている、というのは、あまりにも不憫でやれ切れない。そんなことは、ここがシカゴであっても、あってはならないことだ」
「……。何か御用ですか?」
 仁は、レオを見据えて、冷たく訊いた。優しげな言葉も、もう警戒を解く鍵には、ならなかった。
 フッ、と苦笑のような笑みが、零れ落ちた。
「実は、あの連続殺人事件の犯人の目星がつきそうでね。先日も一人、ホテルで少年街娼が殺されて――。知っているだろう?」
 レオの問いに、仁は、コクリ、とうなずいた。
 聖夜を迎えるための十字架も、吸血鬼の犯行を阻止することは出来なかった、と報道された事件である。
「その事件には残念ながら間に合わなかったが、今、吸血鬼妄想を持つ男が一人、捜査線上に浮かび上がっている。唯一助かった少年が証言した通りの白人男性だ。――そのことを君に伝えて、安心させてあげようと思ってね」
 レオは、暖かい眼差しで――それでいて、体中が凍りつきそうになる眼差しで、そう言った。仁の反応を窺うように、じっと視線を向けている。
「……ぼく、犯人捜しに協力しない。そんな能力なんか持ってない。その人を見ても、血なんか視えない」
 仁は、頑なな言葉で、唇を結んだ。
「解っているさ。ただ……君は、私の幼い頃に似ているのでね」
「え……?」
「同じ中国系だから、というのではなく……。何となく」
「……」
 何となく、似ている……。仁は、その言葉の意味を、噛み締めた。
「ああ、それから、これは君へのクリスマス・プレゼントだ。――受け取ってくれるかい?」
 そう言って、レオがコートのポケットから取り出したのは、リボンの掛かった、手のひらに乗るほどの小さな四角い箱であった。――いや、四角は四角でも、柩のように細長い箱だ。
「ぼく、あなたにプレゼントをもらう理由は……」
「君に厭な思いをさせた代わりだと思ってくれればいい。君のために選んだものだ」
 と、仁の手に柩を――いや、四角い箱を握らせる。
「でも――っ」
 押し返そうとした時だった。レオのコートの袖口から、白い包帯が垣間見え、仁は少し、眉を寄せた。
 まだ新しい傷である。もちろん、刑事なのだから、いつ怪我をしてもおかしくはないだろうが、それでも、不思議と胸騒ぎがする傷だった。
「ん? この包帯かい?」
 レオもその様子に気がついたのだろう。仁の視線を見て、口を開く。
「これは、この間、強かに酔った連中の相手をした時の傷だ。クリスマス前には、そういう連中が多くてね」
 と、軽く言う。――いや、本当に軽い言葉だったのだろうか。
「……この間?」
「気にしてくれるのかい?」
 心の底まで見透かすような視線だった。
 仁は、追い詰められる恐怖に、後ずさった。
「ぼく――」
 言葉はそれ以上、続かなかった。クリフが外へ出て来たのだ。
「カイル、お客様なら、ドクター.春名に連絡をしてあげようか?」
 と、春名と同じ年頃で、同じアジア人たるレオを見ながら、問いかける。誰が見ても、春名の友人に見えるのだろう。
「あ……ううん。ぼく、もう部屋に戻るから」
 仁は、クリフの言葉に首を振り、レオの顔をもう一度、見上げた。そして、もう何も言わずに、エレベーター・ホールへと翻った。
 背中に視線を感じていた。
 エレベーターの扉が閉まるまで、腕をつかまれそうな恐怖が、あった。
 レオの顔を見上げた時、最初に逢った時と同じように、唇に朱い血が視えたのだ。それは、匂いさえも放つように、生暖かい色に濡れていた……。


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