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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 14

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「……殺される前に?」
 仁は、春名の不安通りに、首を傾げた。
「あー、えーと……だな。――街娼は知っていたのに、それは知らないのか?」
 性教育、というのは、どこの親も苦手なものである。
「それ?」
 もしかしたら、仁は『街娼』の意味も知らないで、その言葉を使っていたのかも知れない。こういうのが一番、厄介である。
「えーと、だから……。仁くんも、もう少し大きくなったら解るようになるから……」
 こういう応えを返すのは、一番、馬鹿な親である。言い方を変えれば、可愛い親、かも知れない。
「今、解りたいっ」
 ほーら、ごらん、と誰もが言いたくなるような言葉が返って来る。あんな言葉で、子供の好奇心から逃げられるはずもないのだ。特に、仁の場合、大きくなったら……と、それとなく春名が匂わしている言葉の意味にも気づいていない。これが、厄介、の意味である。
「つまり、だな……」
 結局、言わなくてはならないハメになる。
 ――何で、皮も剥けていない子供相手に、こんな説明をしなきゃならないんだか。
 と、心の中で悪態づいても、状況は何も変わらない。
 春名は開き直って、話を始めた。
 学校の性教育でも、実践の愛撫の仕方までは教えてくれないのだから。
 そして、それを聞いた仁の顔は、可哀想なくらい、真っ赤になっていた。この辺りは、とんでもなく可愛い。
「――だから、たとえ少年の喉に唾液がついていようと、ホテルにいて、肉体関係を持った後なら不思議ではないんだ。相手が吸血鬼でなくとも」
 春名は、手持ち無沙汰に煙草を抜き、多少ぶっきらぼうに、説明を終えた。
 仁は、子供が聞いてはいけないことを聞いてしまった恥ずかしさに、顔も上げられない様子でうつむいている。
「実践も必要かい?」
 その春名の問いに、ブンブン、と急いで首を振る。
 好きな子の話をするのも恥ずかしくなり始める、という微妙な年頃である。
「あ、あのね、ドクター.春名。たとえ殺される前についたものでも、まだそうじゃない、っていう可能性もあるし、だからね、犯人がレンフィールド症候群だとしたら、今みたいに人を殺すようになる前――エスカレートする前の段階があるはずだから、シカゴの病院で、過去に血液が盗まれた、とか、そういうことがあれば、犯人の的ももっと絞れると思う」
 言葉に詰まりながら、いつもの仁らしくない――子供っぽさを垣間見せる口調で、早口に言う。
 いつもこれだけ愛らしければ、抱き締めたまま離したくなくなるだろう。顔立ちはきれいに整っているのだから、こうしていれば、友だちもガール・フレンドも出来るはずなのだ。
 だが、言っていることは、九つの子供とは思えないほどに、殺伐としている。
「言っただろう、仁くん? それは警察の仕事だ。ぼくにも君にも、病院を調べることは出来ない。それに、犯人がシカゴの出身とも限らないし、過去の症例と同じように、病院から血液を盗み出しているとも限らない」
「……」
「納得したかい?」
 春名の問いに、仁は、コクリ、とうなずいた。
 だが、それはレンフィールド症候群の異常性に対しての納得であり、昨夜の事件に対しての納得ではなかっただろう。
 昨夜の犯人は、今までの犯人と同一人物ではない――という疑念は、全くと言っていいほど、仁の頭の中からは消えていないはずなのだ。
 今までの犯人は、少年たちが容易くホテルまでついて行くほどに、まともな印象を与えている人物であり、身なりもきちんとし、外見の行動で異常と判断できる人物ではない。
「納得したのなら出掛けよう、仁くん。買い物もあることだし――。今年は新しいブーツがいるだろう?」
 酷寒のシカゴでは、ブーツはなくてはならない必需品なのだ。
「……はい、ドクター.春名」
 ぱさり、と新聞を畳む音だけが、部屋に、残った……。


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