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Karte.6 不老の可不可-眠り

不老の可不可-眠り 14

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 想いを果たし、至福を見るように眠りについたニコライを見て、エリザベータはクラシックな寝椅子から、体を起こした。
 長い金髪のカツラを取り、クロゼットへと足を向ける。
 棘を抜いてもらっている時に、ニコライに後催眠をかけ、ピアノの音を聴くと同時に、そのピアノを弾いている人物がエリザベータに見えるように、と暗示をかけておいたのだ。
 仁は、ドレスに着替える前に着ていた自分の服を取り出し、身につけた。
 ニコライの様子をしばらく眺め、カーテンの向こうの部屋へと足を向ける。
 部屋に入り、最初に目についたのは、豪華な天蓋つきのベッドであった。広く、上品な装飾の部屋に、気品高く似合っている。
 そのベッドには、美しい女性が眠っていた。
 彼女が、エリザベータ、なのだろう。
 飾り棚の上に置かれた写真と、少しも変わらない容姿をしている。年を取らず、美しいままの姿である。ニコライの姉のはずだが、妹にしか見えない。
 眠れる森の美女……。
 睫一つ揺れない眠りを静かに見つめ、仁はその白い首筋へと指を重ねた。
 驚愕が駆け抜けたのは、その時だった。
 生きている――。生きているのだ。脈があり、温もりも確かに灯している。――いや、そのことは、生命を維持するための点滴や、医療設備を見た時から察してはいたが。
 だが、それでも驚きに値するに充分な出来事であったのだ。
 森で会った町の人の話では、ニコライの姉は死んだ、ということだった。もう、何年も前に、あの階段から落ちて。
 だが、生きているのだ。昏睡状態ではあるが、確かに……。
 それでも、目を醒ますかどうかは別問題である。医者でさえ、彼女がいつ目を醒ますかなど判りはしないだろう。本当に目を醒ますのかどうかさえ……。
 そして、これが現実なら、ニコライは狂人ではない。正常な人間だ。彼女は妄想でなく、こうして生きているのだから……。
 その眠りを見つめていた時だった。
「彼女を見て満足か?」
 霧氷のような言葉が、突き刺さった。
 ハッ、として後ろを振り返ると、そこにはニコライが立っていた。浅い眠りから醒めたのだろう。
 言葉を返せず、立ち竦んでいると、
「私がエリザベータを――彼女を殺したとでも思っていたのか? 階段から突き落としたとでも?」
「ぼくは……っ」
「階段に血がこびりついていた? 服が血に染まっていた? その血を見た?」
「……」
「確かに彼女は階段から落ちた。私が戻って来るのを見て、出迎えに駆け降りて――。子供を宿していたんだ。私の子だ」
「――え?」
 仁は、ニコライの言葉に目を瞠った。
 彼の子、と言ったのだ。血の繋がった姉と弟の子、だと。
「彼女は流産し、その時に初めて判った。君が言ったように、彼女は血に染まっていた。だが、階段から落ちた傷ではない。子供を失った傷だ。そして、その日から彼女は目を醒まさなくなった」
「……」
「これで満足か? 好奇心旺盛な小鹿の遊び心は満たされたのか? ――どうなんだっ!」
 ニコライはきつい表情で歩み寄り、仁の襟を、グイ、とつかんだ。
「く……っ」
 凄まじい力で締め付けられ、仁は喉から苦鳴を上げた。
「どうなんだ! 次は何が見えると言うつもりだ? 私の唇に血がついているとでも? 喉を食い破る牙が見えるとでも?」
「く……。放し……て……っ」
「言ってみろっ! 何が見えると言うんだ!」
 ニコライは、もう一方の手で、仁の髪をつかみ取り、喉を反らすように後ろに引いた。
「……っ! 何も……っ。ぼくには……何も見えな……。も……何も……」
「……」
「本当に……何も……。町の人に……聞いただけ……で……っ」
 子供の頃のような能力は、今の仁にはもうないのだ。
 ニコライの指が、髪から、離れる。
「そんなことは百も承知だ。ないものが見える人間などいはしない。もし、いたとすれば、気味が悪いだけだ」
 と、嘲笑のように、唇を歪める。
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