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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人
児童精神医学の可不可-他人 5
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「自閉症の子供たちは、この子のように言葉の発達が悪かったり、全くないことも珍しくはない。そして、失語症や聾唖の子供たちよりも、心を察することが難しい。失語症や聾唖者なら、表情や文字で言葉を伝える。声はなくても確かに会話が成立する。だが、この子たちは、そういうことが一番苦手だ。普通の会話に含まれる身振りや表情、視線……。そういう表現が出来ない。いや、理解出来ない。それは、彼らの世界にない、他人と接するための手段だからだ」
春名は説くような口調で、静かに言った。
「……。この子はきっと出来るようになりますよ。先生がUSAで担当した子は、普通のハイスクールにいい成績で入ったんですから」
「彼は、もともと知能が高かった。それに、ぼくが引き受けた時には、物を指さすことも出来た」
欲しい物を指さす。それが出来るか出来ないかは大きな違いである。物を指さすからには、他人に『それを取って欲しい』と頼む意思表示が出来る、ということになる。相手の顔を見て、相手に頼み、他人と関係を持つことが出来るのだ。
「それはそうですけど……」
仁は口の中で語尾を消した。
「心配するな。治らないとは言っていない。ぼくも一通り引き継ぎに目を通して――」
そう言って、春名が、仁の後ろに視線を向けた時――。一人の子供が、いつの間にかそこに屈みこんでいた。さっきからずっと紙を千切って遊んでいた子供である。飽きもせず、ただ黙々と同じ動作を繰り返し、今もその動作を続けている。
「どうかしたんですか?」
春名の表情に眉を寄せ、仁も、くるり、と振り返る。そして、
「ああ――っ!」
と、春名と同じものを見て、声を上げる。
その子供は、椅子の上に置いてあったファイリング前の経過記録を、細かく千切って遊んでいたのだ。
「NO――っ! じゃない。――駄目だよ! それは大事なものなんだっ」
仁は、書類を引き裂く子供を見て、声を上げた。
だが、子供は我関せず、という様子で書類を黙々と引き裂いている。
ちょっとやそっとのことでは、言うことを聞いてくれそうにない。
「ダメだったら! これはダメなのっ。破ってもいいのは箱に入ってる紙だけっ」
強い口調で叱り付けると、今度は、その子の周りにいた別の子供が、その声に脅えて、自分の頭をポカポカと叩き始めた。自閉症児によく見られる行為である。
「あ……っ。違うよ。君を怒ったんじゃないんだ。この子が経過記録を破るから――。駄目だってばっ。頭を叩いちゃ痛いだろ」
仁は、二人の子供の対応に追われながら、やっと書類を取り上げた。
もちろん、書類はすでにボロボロである。
黙ってその様子を見ていた春名も、一段落ついた状況に、大きな溜め息を一つ零した。
「仁くん。彼には誰が怒られているのか判らないんだよ。君が誰かを怒っていることは判っていてもね」
「すみません……」
仁は眉を落として、謝った。
「この経過記録、すぐに直しますから」
「いや。ゆっくりでいい。君だけでも目を通していて不幸中の幸いだ」
春名は苦笑するように、肩を竦めた。
彼らの世話は、並大抵の苦労ではないのだ……。
春名は説くような口調で、静かに言った。
「……。この子はきっと出来るようになりますよ。先生がUSAで担当した子は、普通のハイスクールにいい成績で入ったんですから」
「彼は、もともと知能が高かった。それに、ぼくが引き受けた時には、物を指さすことも出来た」
欲しい物を指さす。それが出来るか出来ないかは大きな違いである。物を指さすからには、他人に『それを取って欲しい』と頼む意思表示が出来る、ということになる。相手の顔を見て、相手に頼み、他人と関係を持つことが出来るのだ。
「それはそうですけど……」
仁は口の中で語尾を消した。
「心配するな。治らないとは言っていない。ぼくも一通り引き継ぎに目を通して――」
そう言って、春名が、仁の後ろに視線を向けた時――。一人の子供が、いつの間にかそこに屈みこんでいた。さっきからずっと紙を千切って遊んでいた子供である。飽きもせず、ただ黙々と同じ動作を繰り返し、今もその動作を続けている。
「どうかしたんですか?」
春名の表情に眉を寄せ、仁も、くるり、と振り返る。そして、
「ああ――っ!」
と、春名と同じものを見て、声を上げる。
その子供は、椅子の上に置いてあったファイリング前の経過記録を、細かく千切って遊んでいたのだ。
「NO――っ! じゃない。――駄目だよ! それは大事なものなんだっ」
仁は、書類を引き裂く子供を見て、声を上げた。
だが、子供は我関せず、という様子で書類を黙々と引き裂いている。
ちょっとやそっとのことでは、言うことを聞いてくれそうにない。
「ダメだったら! これはダメなのっ。破ってもいいのは箱に入ってる紙だけっ」
強い口調で叱り付けると、今度は、その子の周りにいた別の子供が、その声に脅えて、自分の頭をポカポカと叩き始めた。自閉症児によく見られる行為である。
「あ……っ。違うよ。君を怒ったんじゃないんだ。この子が経過記録を破るから――。駄目だってばっ。頭を叩いちゃ痛いだろ」
仁は、二人の子供の対応に追われながら、やっと書類を取り上げた。
もちろん、書類はすでにボロボロである。
黙ってその様子を見ていた春名も、一段落ついた状況に、大きな溜め息を一つ零した。
「仁くん。彼には誰が怒られているのか判らないんだよ。君が誰かを怒っていることは判っていてもね」
「すみません……」
仁は眉を落として、謝った。
「この経過記録、すぐに直しますから」
「いや。ゆっくりでいい。君だけでも目を通していて不幸中の幸いだ」
春名は苦笑するように、肩を竦めた。
彼らの世話は、並大抵の苦労ではないのだ……。
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