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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 17

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 車は順調に道を辿り、一つのマンションを前にしていた。トップ・モデルの名に相応しい高級マンションである。
 背丈はあまり変わらないとはいえ、マンションの豪華さは、かなり違う。
 春名はそんなどうでもいいことを考えながら車を降り、入口のコール・ボタンで、二人の生活する部屋を呼んだ。
 メール・ボックスに手紙が一通も入っていないところを見ても、二人がここにいる可能性は高いだろう。電話には出なくても、ここへ戻って来ていることは、充分に考えられる。
 返事は以外に早く返って来た。まだ春名が何も言い出さない内に、
「春名先生でしょうっ? 今開けます」
 と、珠樹の声と共に、ロビーへ抜けるドアが開く。
 留守伝を聞いていたのだろう。素直な子、なのだ。
 春名は開いたドアから奥へと進み、エレベーターに乗り込んだ。
 上階とはいえ、フロアまでは、あっと言う間に着く。
 ゆとりのある広い廊下を進み、部屋の前で足を止めると、珠樹が笑顔で姿を見せた。
「どうぞ、先生」
 と、先に立って、奥へと促す。
「ああ。ありがとう」
 中は、趣味のいい調度にまとめられた、広々とした空間だった。深い色合いのインテリアの間を奥へと進み、
「ずっと、このマンションに?」
 と、前を歩く珠樹に問いかける。
「いえ、葉山の別荘に。――勝手に病院を出てすみません」
 眉を下げて、珠樹が言った。
「ああ。元気ならいい。――戻る気は?」
「……。冬樹が帰って来たから、もう戻りません」
 ――戻りません……。
 また振り出しに戻ってしまったのだ。もちろん、それも当然、予期出来ることではあったのだが。
 通されたのは、革張りのソファを並べるヨーロッパ調の空間だった。暖炉でもあれば、まさにヨーロッパへ訪れたような気分になっただろう。そこに、珠樹とそっくりの片割れがいた。心地よさげにソファに腰を降ろし、ひじ掛けに軽く頬杖をついている。
 その姿を前にして、春名は思わず立ち尽くした。
 雑誌では何度か目にしていたものの、実際、こうして目の前にするのは初めてだったのだ。
 鏡――そう。鏡を前にしているかのようだった。鏡の前に立つ一人と、鏡の中に映る一人――。二人の姿は、それほどまでに似通っていた。
「ようこそ、ドクター.春名。弟から話しは聞いていますよ。――どうぞ、掛けてください」
 冬樹が少し顎を持ち上げて、優雅な右手でソファをすすめる。それは、どこか挑戦的な瞳でも、あった。
 だが、驚きの中にいた春名には、それを気にかける余裕もなかった。
「先生? どうしたんですか、春名先生?」
 珠樹が首を傾げて、覗き込む。
「え、あ、いや……。あまりに似ているから、少し驚いて……」
 やっと我に返って、春名は言った。
「いやだなァ。ぼくと冬樹は双子ですよ。似ているのは当然でしょう?」
 もちろん、そんなことは解っている。
 だが、幼い頃ならともかく、彼らくらいの年になれば、いくら一卵性双生児と言っても、容貌や何かに違いが出て来るものである。
 それが……まるで同じ人間、なのだ。鏡を見ているように、これほど近くで見ても、二人の見分けが全くつかない。
「最近の医者は、家にまで押しかけて来るんですか?」
 冬樹が言った。茫と立ち尽くす春名を見て、冷ややかに瞳を細めている。
「冬樹っ! 先生に失礼じゃないか。――すみません、先生。掛けてください」
 珠樹が、冬樹の言葉を厳しく嗜め、冬樹と同じ手で、冬樹と同じソファを、春名にすすめる。
「……。ありがとう」
 春名は、混乱しそうになる頭で、腰を下ろした。
 同じ人間――水面を見つめるナルキッソスのように、水鏡をのぞき込む一人と、水鏡に映し出される一人……。まさに、そんな二人である。

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