上 下
13 / 350
Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 12

しおりを挟む


「Vorrei parlare col.Fuyuki Sawamukai(沢向冬樹をお願いします)」
 消灯時間の迫った院内で、珠樹は電話の向こうに低く伝えた。イタリアへの国際電話である。
 しばらくして、
「Pronto? con chi parlo(もしもし。どなた)?」
 と、聞き慣れた声が、返って来る。
 紛れもない自分の声・・・・だった。
「ぼくだよ、冬樹」
 やはり、声を聞くとホッとする。この病院が嫌な訳ではないが、双子の兄である冬樹の存在は、珠樹にとっては特別なのだ。
「珠樹か。どうした? 熱は下がったのか?」
 慈しむような冬樹の声が、全身に渡った。それだけで体が熱くなる。
「うん。もう何ともない」
「今どこだ? 空港に着いたのか?」
「まだ日本。――そっちは今、お昼過ぎだろ?」
「ああ」
「忙しくない?」
「適当にやらせておけばいいさ。ヨーロッパじゃ、日本人はモテる」
「男に、だろ?」
「フッ。早く来いよ」
「駄目なんだ。今、病院にいて――」
「病院っ! どうしたんだ? 怪我をしたのか!」
 冬樹の声が、途端に高く、早口になった。それだけで心配の度合いが伝わって来る。恐らく、珠樹のことをこれほどに案じてくれるのは、冬樹だけだっただろう。今はその冬樹が、これ以上心配しないように、この状況を説明しておかなくてはならない。
「怪我じゃなくて、母さんが――」
 珠樹が言いかけると、
「あのクソばばあっ! また性懲りもなくっ。――何をされたんだ、珠樹? 俺がいない間に何をされた!」
 冬樹の声が、怒りを含んで暴れ回った。
 心配と怒りで、話も冷静に聞けないようで。
「違うよ。何もされてない。連れて来たのは母さんだけど、今はぼくの意思でここにいるんだ」
「おまえの?」
「ああ。だから、ミラノへは行けないけど心配しなくていいよ」
「どういうことだ? 閉じ込められているのか?」
 悪い方へと想像が巡る。
「そんなことないよ。院内からは出られないけど、先生に言えば許可がもらえるし。――あのね、ドクター.春名がここにいるんだ」
「ドクター.春名?」
「ああ。知ってるだろ? ぼくたちの大学の先輩で、精神分析学者サイコアナリストで、精神科医サイキアリストの――」
「待てよ、そこは日本だろ?」
「クス。驚いただろ? 二年くらい前にUSAから戻って来て、この病院にいるんだ。で、ぼくの担当医に――」
 珠樹は自慢げに言ったのだが、
「担当医だと? おまえ、精神病院に入れられたのか!」
 冬樹の声が、驚愕に変わった。
「大声出さなくても聞こえるって――」
「応えろ、珠樹っ!」
「精神病院じゃないけど、精神科だから同じかも。でも、心配は――」
「クソっ! あの女、そんなことまで――! 待ってろよ。すぐに連れ出してやる」
「違うんだ、冬樹っ。ぼくの意思でいるって言っただろ」
「馬鹿言えっ! あの女に無理やり入れられたんだろ?」
「心配症だなァ」
 ただ珠樹のことが心配なだけ――冬樹はいつも、そうなのだ。
「あの女の魂胆が解っているのか? おまえをその病院に一生閉じ込めておこうとしてるんだぞ。医者に金を渡して入院させて!」
「春名先生は金なんか受け取らないよ。最初は無愛想で怖い人だと思ったけど、笑うと優しくて、少し冬樹に――」
「おまえは丸め込まれているんだ。でなければ、病気でもないおまえを入院させるはずがないだろっ」
「誤解だって――」
「何が誤解だ?」
「春名先生は、ぼくに自信が出来るまでここにいればいいって言ってくれたんだ。ぼくは一人の人間で、自分の意思を――」
「おまえは俺の半身だ。ドクター.春名はあの女とグルになって、俺たちを引き離そうとしてるんだ」
「違うよ。ぼくも同じ質問を春名先生にしたんだ。そうしたら、ぼくと冬樹を引き離すんじゃなくて、ぼくたちが一人ずつの人間だという自覚を――」
「そんな言葉に騙されたのか?」
 どう説明すればいいのだろうか。実際に会ってみれば、すぐに判ることだと言うのに。
「違うって言っただろ。冬樹も春名先生に会えば解るよ。そりゃ、精神科なんて聞こえはよくないけどさ。でも、ここはそんな暗い雰囲気じゃないんだ。ナースは白衣なんか着てなくて、普通のスタイルでいるし、つんけんしてなくて色々話してくれるし。今日もお茶会に呼ばれて――。そういうのがあるんだよ。ナースたちの間で、ドクターに内緒で」
「……」
「あ、でも春名先生は知ってて、ぼくはきっとナースたちの間でちやほやされるだろうからって――。『冬樹』が有名なモデルだからね。先生も『冬樹』のこと――」
「そこにいろ。すぐに連れ出してやる」
「え、冬樹――」
 電話は、ガチャン、とそこで切れた。
 不通音だけが聞こえてくる。
 その電話を手に、珠樹は困って眉を落とした。
 ――大丈夫だって言ったのに……。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人Yとの対談

カサアリス
ライト文芸
ひとつテーマを決めて、週に1本。 制約も文字数も大まかに設定し、交換日記のように感想と制作秘話を話し合う。 お互いの技量に文句を言わず、一読者・一作家として切磋琢磨するシリーズです。 テーマはワードウルフを使ってランダムで決めてます。 サブテーマは自分で決めてそれを題材に書いています。 更新は月曜日。 また友人Yの作品はプロフィールのpixivから閲覧できます。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...