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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡
自己愛の可不可-水鏡 9
しおりを挟む「何故、誰にも話さずに?」
春名は訊いた。
「冬樹以外、誰もいなかったから……」
「友達は?」
「友達は他人で、ぼくたちとは関係ありませんから」
それを言うなら、春名も他人である。
「ぼくに話したのは?」
「クス。先生が訊いたからでしょう?」
春名の問いを読んでいたように、珠樹は愉しげに笑って、そう言った。
「今までそんなこと誰も訊かなかった」
それは、確かにその通りだろう。母親でさえ、当人たちには訊けずにいたのだ。
「なるほど……。君は冷静で頭がいい。俺の負けだ」
春名は苦笑を零して、天を仰いだ。
「……ぼくたちは異常ですか、先生?」
正常か、異常か。
「まだ君たちを知らない」
そもそも、そんなものは、いつも誰もの隣にある。誰もがどこかの一部分で、その境界を超えていることなど珍しくもない。
「冬樹くんに頼らず、自分の力で暮らしてみたい、と思ったことは?」
「うちは……お金だけはありますから、働く必要もなくて……。だから、冬樹とぼくとで一つの仕事を……」
「冬樹くんと君? 君もモデルを?」
珠樹の言葉に、春名は少し眉を寄せた。
笙子からも母親からも、そんな話は聞いていなかったのだ。二人とも、冬樹だけが働いている、と言っていた。
その春名の戸惑いに、また、愉しげな笑みが零れ落ちた。
「誰もぼくたちの見分けがつかないんです。だから、冬樹と二人で交替で仕事をしていることも誰も知らない。今は先生だけしか」
と、得意げな顔で、舞台裏を明かす。
誰も気が付かないから交替で……。彼――珠樹が冬樹の仕事場へ付いて行くのは、そのためでもあったのだ。二人で一つの仕事をするために。
「なるほど……。だが、そのやり方では冬樹くんの名前しか出ないだろう? 君の存在を皆に認めてもらいたいとは思わないのかい?」
春名は訊いた。
「クス。どっちの名前でも同じです。誰にも区別できないんですから。ぼくは冬樹になるし、冬樹はぼくになるし」
兄は弟に、弟は兄に……。その言葉が、モデルの仕事の時だけに限られているのなら、問題はない。
だが、それが精神世界まで持ち込まれているのだとすれば、それはもう彼らの母親が案じているような『同性愛』の域を越えてしまっている。『自己愛的人格障害者』だ。
「……。一人で何でもやってみたいと思ったことは?」
春名は訊いた。
「そんな必要ありませんから……」
「両親も必要ない?」
「はい……。小さい頃からそんなもの、いないのと同じでしたから」
「……」
「ぼくたちは、ぼくたちだけでやって来たんです」
「一人ではやって行けない?」
「先生は一人で生きられますか?」
「――」
珠樹の問いに、春名は不意を突かれて、言葉に詰まった。
「そんな質問、応えられる人はいないと思います」
珠樹は強かな眼差しで、言葉を続けた。
確かに、彼のその言葉は正当なものであっただろう。そして、彼の言いたいことも、よく解る。
だが、春名の質問の意味とは少し、食い違っている。春名は何も、一人で生きろ、と言った訳ではないのだ。一人の人間として生きることは出来ないのか、と訊いたに過ぎない。
それでも、春名は、その問いかけの意味を訂正せずに、珠樹の言葉に甘んじた。
「あまり医者に恥をかかせないでくれ」
と、頬を緩める。と、珠樹は慌てた様子で、
「そんなつもりじゃ――っ」
と、身を乗り出して、訴えた。
「クックッ」
部屋の空気が、柔らかくなった。
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