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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 7

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 母親に連れて来られた双子の片割れの弟は、彫りの深い端麗な面立ちをした、ナルキッソスさながらの青年であった。街を歩けば誰もがその容姿に惹き寄せられるであろう際立つ存在である。均整の取れた体躯も、兄がモデルだということからも解る長身も――。
「俺とほとんど変わらないな……」
 背丈を見比べ、春名はポツリと呟いた。
 これは、日本へ戻ってからの春名の生活の中では、珍しいことである。いつもなら下にあるはずの人の視線が、目の前にあるのだ。
 その春名の視線が照れ臭いのか、珠樹は少し頬を染め、ぎこちなげに視線を逸らした。
 繊細で素直そうな青年だ。ということが、彼に対しての第一印象である。
「では先生、よろしくお願いします」
 母親――沢向夫人は、それだけを言って、部屋を出た。――いや、これから取材があるということだった。
 春名としては悪態の一つもつきたいところだが、それは辛うじて喉で止め(ちなみに顔には少し出ていたかも知れない)、珠樹の方へと視線を戻した。
「熱は?」
 と、目の前の椅子に掛けて、問いかける。
 だが、珠樹は、その質問の意味が理解出来ないように、不思議そうに首を傾げた。
 恐らく、母親と話をしていないせいで、自分が熱を出してミラノへ行けなかったことを、春名が知っているとは思ってもいないのだろう。
「熱が出てミラノに行けなかったんだろう?」
 言葉を足して問いかけると、
「あ……。はい」
「熱が引いたから、ミラノへ行きたい?」
「……はい」
「お兄さん――冬樹くんがいるから?」
「……。ぼくは、兄がいないと何も出来ないので……」
 視線を伏せて、珠樹は言った。
「お母さんにそう言われた? 冬樹くんがいないと何一つ出来ない子だと」
「はい……」
「そう。――君は一人の人間だ。それは解っているね?」
 一から物事を教えるように、春名は言った。
「ぼくと兄は一卵性双生児で……」
「だから一つ?」
「……」
「君が一卵性双生児をそういう風に理解していても、君には君の人格があって、冬樹くんには冬樹くんの人格がある。もし、この場に冬樹くんがいて、同じものを見ていたとしても、同じことを考えているとは限らない。たとえば――ぼくの第一印象は?」
「……。怖い人だと」
「どこが?」
「視線が冷たくて――。でも」
「でも?」
「いえ……」
「今、何か言いかけただろう?」
「何も……」
 そう言って、珠樹は淡く、頬を染めた。
 自分の言葉で伝えることに慣れていないのか、もっと他の理由があるのか。
「女性経験は?」
 続けて聞くと、珠樹は恥ずかしそうに、黙ってその場にうつむいた。
「ない?」
 コクリ、とうなずく。
「性的な反応は? 女性の裸体を見たり、刺激を受けたりすることによって、ペニスが勃起したり――。そういう女性への関心は?」
「――。母が何を言ったのかは判っていましたけど、そんなにストレートに訊かれるとは思っていませんでした……」
 春名の問いに、珠樹は真っ赤になって視線を散らした。それは、第一印象通りの、素直さでも、あった。
 可愛らしい、とも受け取れる。
「もっと歯切れが悪く、医者独特の言い回しで責め立てられる、とでも?」
 皮肉を交えて、問いかける。
「……」
「君の年なら、女性への関心は当然だ。そうだろう?」
 その言葉にも、ただ黙ってうつむいている。


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