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Karte.13 籠の中の可不可―夜明
籠の中の可不可―夜明 50
しおりを挟む「ハルちゃん――!」
小春に散弾銃が向けられるのを見て、イサクが森から飛び出した。
「よせ! 散弾銃だぞ!」
春名の言葉は届かなかった。
「無理です、先生! 銃口がこっちへ向いたら、流れ弾が――」
追いかけて止めようとする春名を、仁と沼尾で引き留める。
村の男たちは、突然飛び出して来たイサクの姿に度肝を抜かれていたが、すぐに慌てふためき、銃口の狙いをイサクへ向けた。
「ダメ、サクちゃん! 来ないで――!」
小春がイサクの方へと走り出す。
榧野医師が地面を蹴るのが見えた。
「ダメだ、ハルちゃん! 戻れ!」
イサクが目を瞠って、小春を止める。
村の人間だとか、里の人間だとか、そんなことは命の重さに関係ない。お互いを思う気持ちも、また同じだった。
だから、互いにかばい合った。
散弾銃が、重い発砲音を轟かせた。
同時に、榧野医師が男たちに跳びかかる。
悲鳴が聞こえた。
小春の肩を散弾が掠めた。
「ハルちゃん――」
イサクの体が赫く染まる。
「いやああああ――っ! サクちゃん! サクちゃん!」
血に染まるイサクの姿に、小春が小川を渡って縋りつく。
「何てことをするんだ、あなたたちは! こんな子供たちに銃を向けるなんて!」
怒りの言葉を吐き捨てて、榧野医師が二人の元へと小川を越えた。
「おれたちは……化け物を……」
「そ、そうだ! あいつらは化け物なんだ……!」
村の男たちのそんな言葉など、もう誰も聞いてはいなかった。
血に染まって倒れるイサクと、その傍らに縋る小春。
里の人々は森からその様子を見て、不安げに息を呑むばかりだった。そんな中、春名と仁、沼尾の三人も森を出た。
あの幼い日と同じように、村の男たちの手にかかったイサクの体には、いくつもの小さな鉛弾が食い込んでいる。それなのに、
「ハルちゃん……肩が……」
わずかに流れ弾を受けた小春の肩を見て、イサクは心配そうに手を伸ばした。
「サクちゃんの方が……! サクちゃんの方が――!」
「診せてみろ」
この距離で散弾を受けたのだ。無事でいられるはずがない。
駆けつけて来た榧野医師が傍らに沿い、春名も何か手伝えれば、と同じように膝を折った。精神科医ではあるが、医師の端くれでもある。
「沼尾先生、救急車を」
「解った」
沼尾が、ここから近い家へと、電話を借りに走り出す。携帯を壊してしまった春名と仁同様、沼尾も携帯電話を持っていないのだ。――いや、こんな村の奥では、携帯は圏外かも知れない。携帯が通じるのなら、榧野医師が自分で連絡しているだろう。
「沼尾先生! パトカーの無線!」
仁の機転に、
「あ、ああ、そうか!」
ここで出来る応急処置など知れている。一刻も早く病院へ運ぶしか、イサクを助ける道はない。
「サクちゃん! すぐに救急車が来るからね。大丈夫だからね」
小春の励ましも、イサクには大きな支えになるだろう。
「ハルちゃん……」
「何、サクちゃん? 私、ここよ。ここにいるよ」
イサクの手を握りしめて、小春が応える。
「ダメだったね……里と……村は……」
「うん、ごめんね。ごめんね……」
「ハルちゃんの……せいじゃ……。でも、約束を……」
「サクちゃん……。うん、約束したものね」
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